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おなかがな

昔勤めていた病院の救急室ERには何人かの常連さんがいた。
どれくらい常連かと言うと20人のインターン(一年目研修医)全員が働き始めて半年後には「あぁ、〇〇さんね」と、その人の名前を聞けば何科のレジデントを呼べばいいかすぐわかると言うくらい。どの人も月に1〜2回くらいはERに顔を出している、という感じだろうか。

とはいえ25年前なのでお名前はもう失念しているが。

常連さんのお一人のおばさんは、いつも「おなかがな、いたいねん」と言いながら現れる。慢性と言ってもいいほどに腎盂腎炎を繰り返していた。この方が現れるとERで彼女を最初に診たインターンがひととおりの検査をしている間に 泌尿器科のレジデントとアテンディング(指導医)が呼ばれる。夜中であってもレジデントとアテンディングが揃ったら彼女にはそのまま手術室(体内の尿管内にドレナージの管を入れるため)へ向かい、そしてそのまましばらく入院というお決まりのコースがあった。
外科系だった私も泌尿器科レジデントの時に彼女に呼び出されたことがある、しかも久し振りの大事な友人と会っているときに。まぁ、そういうものだ。やられた、という気分がどうしても抜けないが仕方ない、そういうキマリだったんだから大急ぎで行かないわけにはいかない。白衣をひっかけ彼女のところに説明にいくと、まぁいつものことだからだろう、彼女は話は聞いてないのに頷きながらコレしかいわない。

お腹がな、いたいねん。

はい、そうですよね。今回もこれから手術室に行きますね。私は準備があるので行きますが、あとでまたあちらでお会いしますね。

そういう私の腕をつかんで、泣きそうな顔で笑いながら彼女はまた言うのだ。

お腹がな、いたいねん。

このひと、全く理解出来ないわ・・・痛いの、分かってるって・・・
失礼な事だが、大事な友達を置き去りにして急いで戻った私のあたまには、どうしてもそんな言葉がよぎる。


時々書いているけれど、昨年(というか分かったのが昨年)私も大腸憩室もちになって(憩室そのものは悪くない、そこで流れが滞って炎症を起こすのが困る)時々腹部の不快感から痛み、ときに発熱とつきあわなければいけない。
大抵「あれ、なんか変」と思ったときはもう既にヤバめで、痛いし絶不調だし自分に固形物摂取24時間禁止令を出す状態。
熱もうっすら出てくるともう布団にもぐり込むしかない。

お腹がな、いたいねん。

あの言葉だけが自分のアタマの中でくるりくるりと回り、気付くと自分でも時々つぶやいている。

お腹がな、いたいねん。

オットも、当時のERの有名人だったその人を知っているので、最初に私がこれを言ったときは小さく吹き出していた。けれど基本機嫌のよい妻(いや、ほんとに)の【ちょっと無理した言葉】だと気付いてからは笑わなくなった。

布団の中でまるくなってそれをつぶやくと、痛いと感じている自分に私自身が「うん、痛いよね、困ったもんだね」と背中をさすりながら慰めているような気分になる。
自分自身に’痛いということを分かってるよ’と同意して寄り添ってあげることで、不快感が薄らぐ気がする。

お腹がな、いたいねん。

あの頃殆どその一言しかいわなかった彼女のことを理解できなかったのに 今になって「ああ、こんな感じだからか」とちょっと自分事でわかるようになった。

当時 分かってあげられなくてごめんなさい。

そう思いながら、しくしくと痛むお腹を抱えて今回も布団に転がっている。
寄り添ってあげたいと思っていても、ちっともできてなかった。若いってほんと、傲慢でひどいものだなと今になって思うのだ。

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