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鏡の中の国

あまり寝坊したとは思っていなかったけれど、ハッと気付いてうっすら片目を開けると白の木製ブラインドの隙間から朝の光が見えていた。窓に隙間でもあるのだろう、時折ライラックの香りが風に乗ってうっすらと届いてくる。

昨夜、窓をきちんと閉めていなかったのかな。

最近は寝る直前まで窓をあけていることが多くなった。いつの間にかそんな季節だ。

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ぼんやりした頭のまま、風に乗って薄く香る甘い花の香りをゆっくり吸い込む。時々香るくらいが、この花の香りではちょうど良い。
外がこのくらいの明るさということは もう午前8時に近いのか。一応まだロックダウン中の住宅地では車の音も遠くに微かに聞こえるくらいだ。

布団の中でちょっと足を伸ばすと足許に猫の重さを感じる。不満げにもぞっと猫が動く。
半開きのドアの向こうの子供達の部屋からはまだ起きて動き出している気配がない。いや、私もう起きなきゃ。子供も起こさなきゃイケナイ時間だ。
ベッドから足を降ろすと 猫が不満げに頭をもたげ欠伸をひとつした。

喉が渇いたのでまずキッチンに水を飲みに行く。
・・・と、表玄関のタイル敷きエリアに、大きなあれこれの大工道具が置かれている。目を上げると、玄関ドアが模様彫りも窓もない、真っ白の一枚板になっている。

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”なんでこんな早朝に工事が入った?”
”なんでこんな、素っ気ない一枚板のドアになった?”
”それより そもそも ドア付け替えの工事が入る予定だったっけ?”

いろんなギモンで頭が混乱する。自分の考えが頭の中にこだましている。同時にうっかり忘れている予定がなかったか頭の中を一斉に検索する自分もいる。

とその時、私の右側から私の声が聞こえた。

『そうだ、木曜の朝にドアを交換することになってたじゃないか。』

“え?!私が忘れてたの?”

『早朝行きます、って言ってたけど、7時には来てたってことかな。』

”待って待って、だれが工事の人を家にいれたの?”

だんだん右からの私の声と私自身が会話を始める。

『でもこんなセンス悪い玄関ドアなんてそもそも選んだ?』
”せめて飾り彫りが入ってて欲しいよね”

『今言えば変えてくれるんじゃない?』
”・・・っていうか、今までので全然良かったんだけど?”

『工事のオジサン、どこ?家の中に居ないようだよね?』
”私どう見てもパジャマ、なんだけど・・・せめてなにかを羽織りたい”
『うんうん、まず羽織って、それからお財布持ってこないと』

外からの意見と私の考えが大分一致してきた。そして右から聞こえていたと思った声がだんだん私に重なっていく。
景色にうっすらとグリッドが透けて見える。

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「おはよう、大分早く着いちゃったけど、もうドア変えるだけだからやっちゃったよ」

玄関横の階段から声がした。工事に来ると行っていたカーペンターのオジサンだ。朝日を背負っているからか、前にきてくれたオジサンなのかどうかもわからない。

「有り難うございます・・・・あの、仕上げの前にですね」

「うん、なんだい?」

「のっぺりした一枚板のドアはやっぱり・・・あれ?」

いつの間にか ガラス部分が多い、高級そうな表玄関用のドアにかわっている。

”あれ、・・・・でも、だって・・・”

混乱した頭で足許をみると、ドア表面に貼られていたらしい薄い白い大きな紙がおちていた。

「・・・すみません、このドア素敵ですね」

「そうだね、つけてみたらますます素敵な仕上がりになりそうだよね。じゃ、取り付けがずれたりしてないかどうかの確認をするよ」




はい、ありがとうございます


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自分のその声に驚いて目が覚めた。


木製ブラインドから差す朝日はまだ早朝のそれで、恐らく6時過ぎっていうくらいだった。ライラックの香りなんてしていない。猫は私の背中にくっつくように丸まって寝ていた。


夢の中で時々リアルな現実を見る。
目が覚めて どちらが現実か分からなくなるくらいのもの。
景色も光も 嗅覚も触覚もリアルだ。
でも リアルな中で 時空の歪みみたいなものも不思議と感じる。
このときに明らかに違うのは「音」だ。
音が遠い。音の重なりがオカシイ。
自分の声が2重、時に何重にも重なる。

だが、小さなスナップボタンをひとつひとつ合わせていくように そのうち小さなことからぷちん、ぷちん、と合わさっていく。
すると「ああ、そろそろ戻るんだな」と分かる。

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パラレルワールド、みたいなものが夢のなかでは近づくことがあるんだろうか。その歪みはいつもグリッドの向こうに見える。
まるで合わせ鏡の奥にずっと鏡が続くのだけれど、どこか少しずつずれていくかのように。

目が覚めたところにはいつもの世界があるのだけれど、こんな夢を繰り返していると同じ時間にあちこちの場所が同じ所にあり、私も私を取り囲むものも全てが私だという、奇々怪々な言い回しが一番しっくり来る感覚が生まれてくる。
鏡の中の国ではワンネスというものだろうか、それが当たり前に感じられる。


だからといって、現実の私は何も変わらないんだけどね。



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