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恋の一歩手前

彼女が気になり始めたのは、ものすごくありがちだがクラスで隣の席になってからだ。

中学はほとんどまともに女の子としゃべったことがなかったし、高校の1年、2年は男子クラスだった。大学受験直前の3年になったら共学クラスになることは聞いていたけれど、女の子ってなんか、団結してみんなで動くじゃん。だからコワイし、まぁ興味もなかった。
共学クラスって言ったって、40人中10人が女子って、あんまり接点無いってことじゃん。大体接点があったとして女の子とどう話して良いかも分からないし、オレは男友達は多いからそれでいいかって思ってた、男子クラスでよかったじゃん、くだらねぇ。



超一流とはいかなくても、ある程度名の通った大学行きたいって思ってた。大学でやってみたい勉強もあった。女の子と付き合うとかは大学に行ってからでも良いし(と強がってた)。部活も、勉強のために2年になった時にやめてた。オレんち遠いから、学校から。

だから、3年になっても殆ど高校1年、2年の頃と変わらず、野郎ばっかでくっちゃべってた。まぁ、学年でどんなやつがもてるかなんか知れてるし、モテる奴らとは関係ないオレだという自覚はあったから。

6月のある日、担任が「席替えでもするか」って言ったんだ。急にそんな気になったんだって。めんどくせー、という大半の生徒の声を無視するのが学校のオトナだ。

そして左隣にその子はきた。あっちもオレも 目も合わさなかった、ただ荷物を前の座席から移動させただけだった。

オレの右隣は天才的に賢くて真面目なTくん。あんまりしゃべったことないけど、別に不得手でもない。いつもつるんでる奴らはなんか教室の左前のほうに行っちまった。つまんねぇ。まぁ、授業中なんて別に一緒にいても何するわけでもないからいいけど。

「・・・Tくんて、やっぱ東大うけんのかな?」

物理の授業中だった。声のほうをみたら、彼女がTくんのノートを遠くから眺めてた。コンタクトしてても見えない距離なのか、眉間にシワを寄せて。(彼女が「目にゴミが入った」ともの凄い勢いで泣いてたことがあって、ハードコンタクトというのを入れてるらしい、と知ったんだ)

オレに話しかけてる? 返事をするかどうか困った瞬間、彼女ははっとしてオレをみた。

「ご、ごめんSくん!今わたし、ココロの声が声になっちゃったよね?!」

さっきよりずっと小さい声になったけれど、そんなに笑っていいのかオイっていうくらい彼女はにかっと笑ってた。ついつられて愛想笑いをした。

それが同じクラスになって初めて彼女がオレに話しかけたことば。


彼氏はいない感じだった。彼女はバドミントン部ですっごく強いわけじゃないけど、そのメンバーの中では元気さでみんなを引っ張っていた。アタマが悪いわけではないけれどやる気が無いみたいで、ノートや教科書は落書きばっかりだった。授業中は気合いを入れて寝ていた。となりの席だからといって彼女と話すこともなかったが、試験前にも真っ白なノートにイタズラ書きのみ、は、他人事ながら一応心配にもなった。まぁ関係無いけどね。

彼女は理系クラスなのに、3年なのに、現国・古文・漢文とかがめっちゃ強く理系科目は化学と生物以外ひどかった。あまりの理系のひどい成績に、自分でウケて成績を見せてくるんだ。

「ねーねーSくん、私って理系にいるの、バカだよね?・・・あ!Sくんってあったまいいじゃん!・・・ごめん、今見えちゃったもんで・・・」

こうやっていつも彼女はオレに勝手に話しかけて勝手に話を終えてた。

それがある日突然言ってきたんだ。

「ねーねー、Sくん、数学強いじゃん?時々でいいんだ、わかんないとこ、教えてくれないかな? ’アリとキリギリス’のキリギリスなみにサボってた私でもこれから努力してある程度まで行きたいと思ってるんで・・・」

別にデートして、といわれたわけでもないのに しどろもどろになった。別に告白されたわけでもないのに顔が真っ赤になったのがわかった。

「あ、ごめんごめん、全部じゃないの。一応自分で勉強し直しててね、でもどうしても分かんないところのヒントをさ、普段の休み時間に教えてくれるくらいで有り難いんだけど・・・Tくんなんかは、ほら、ちょっと近寄り難くてさ。」

彼女のほうが慌てて言った。いや、オレが赤くなったのは反射みたいなもんで、意味はないんだよ。

「・・・構わないよ」

「ありがと!とりあえず昨日分かんなかったところはさっき自分で解けたんだけどさ、なにせ基礎がなくて、ちょっと心細いことがあるんだよね。」

また彼女は にかって、めっちゃ顔を崩して笑った。今度はオレも普通にへへって笑えた。
日本史の先生が教室に入ってきたから、その話はそこで終わった。


うちの高校は秋にクラス対抗のバレーボールの試合がある。昼休みを使って全学年全クラスで、だ。もちろんバレー部のやつらがいるクラスが有利だけど、バレー部員はコートの中に一人しか入ってプレイできないことになってた。

クラス対抗バレーなんてさ、バレー部の花形がいるクラスが勝ち進むもんだけど、オレらのクラスには地味だけど上手に拾うバレー部員が一人いた。
で、実はオレは中学から高1までバレー部だったんだ。

当然コート内にバレー部員並み(こっそりそれ以上、っていう自覚もあった)のオレも入ってればそうそう負けない。2年の時のクラスではバレー部員がいなかったから2試合目で負けたけど、今年は結構余裕で勝ち上がった。決勝リーグは全校で8クラスが残る。夏に引退したばかりのバレー部員には「ずるいな、Sだってバレー部じゃないか」と言われながら、まぁ昼休みにクラス対抗の運動するくらい楽しみがあったって良いじゃないか、と思っていたんだ。

決勝リーグに入ったら、クラスの殆どが応援に来てくれる。来てくれるけど、声を合わせての応援がくるとは思わなかった。ニッポンちゃちゃちゃ、みたいなやつだ。そしてそれを引っ張ってたのは彼女だった。

応援を引っ張ってる彼女はあんまりコートのオレを見てない。いや、オレが彼女を見ることが出来なかったのか。
でも「応援があるから」か、コートの中の俺たちはすごくやる気に満ちてた。こうして決勝リーグ第一試合はちょっと苦戦したけど、無事準決勝に残った。


「ちょっと、Sくん!すっごいよね!!バレー部辞めちゃったときは勿体ないって思ってたけど、いやぁ今同じクラスでばんばんスパイク決めてるの見ることができて、マジ嬉しいよ!ファンクラブ出来そうな勢いじゃん?」

その試合の終わったあとの教室で、彼女がオレのところにわざわざ来て話しかけてきた。

「ね、ね、Sくんこれ、クセでしょう?私真似できる」

と、確かにオレがよくやる肩のストレッチをオレっぽい仕草で真似する。

「なんだよそれ」

「いや、なんかいろいろいいなぁ、って思って。男子ってよく筋力落ちないねぇ!」

そっかぁ、一瞬いただけのバレー部だったのに、しかも同じ体育館内とはいえ違う部活なのに、いたことは知っててくれたんだ。なんだか、褒められてもいないのに褒められたような気分になった。

急いで弁当を食いながら彼女と授業が始まるまでバレーのことや部活を止めた話なんかをした。なーんだ、野郎友達と話すのと変わらないじゃないか。


実は先週席替えをしたから、今彼女の席は教室の対角線上、というくらい遠くになっていた。廊下側の前から二列目を引いて「うわ、そこでアタシが寝たら失礼じゃない!Sくん、席代わらない?」とクジを開いた彼女に言われ、「やだよ、大体授業で寝る前提がおかしいだろ」と答えたオレに

「ははっ、そうだよねー」

そういって あんまり気にしてなかったかのように彼女はさっさと席を移動してしまった。え、それでおしまい?

・・・なんだよ、あれから結局数学も聞きにきてねーじゃねぇか。

ちょっと肩すかしを喰らったような感じだったんだ。

そのあと、彼女とは話はもちろん、挨拶も目が合うこともなかったから、今日の決勝リーグ1戦目のあとにこの「部活をやめたのもったいなかった」とか「Sくんのクセ」の話が出来たのは、自分でもビックリするくらい嬉しかった。



準決勝の日は冷たい雨が降ってて、彼女は学校を休んでいた。遠くの県に住むおばあちゃんが亡くなったとか。クラスの応援は最初から元気がなくて、しかも相手も激強くて、そのまま負けてしまった。

みんなが 残念だったなとか悔しいねとか言ってくれたけど、オレはあんまり悔しかったわけではなかった。なんか、最初から冷たい雨がやる気というか俺たちの熱を冷やしていったみたいだったんだ。


冬が近づいて オレらは模試もいくつかこなしていった。だんだんクラスの中の雑談が減っていった。みんな自分のことだけをやってる。

あのあと、彼女は一度だけ数学の証明問題の質問をしてきた。つまらない勘違いをしていたらしく、俺が指摘したら

「あーーーーーーっ!」

とアタマを抱えてじたばたしたあと、

「ありがとっ!助かった!私ってバカだわー落ちるかもね!」

ってまた大笑いしながら立ち去ってしまった。なんか、嵐みたいな女の子だった。結局彼女に教える、と約束した数学は その1回だけだった。


高校3年の3学期は自由登校だったから、学校まで1時間以上かかる俺は殆ど登校しなかった。
卒業式と謝恩会では、盛大に泣いて笑っている彼女を視界の端にいれながら、俺はそのまま大学生になった。

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彼女は1浪して国立の医学部にいって、お医者さんになってからはどこかの町の診療所を手伝っているって聞いた。

その後、高校卒業後12年目に同窓会があった。みんな結婚したりしなかったり、仕事が忙しすぎて参加出来ないってやつもいた。頭の良かったT君なんかは海外に行ってるか、とおもいきや、あの頃より服装が多少変わっただけで同じ風貌で座っていて、ちょっとびっくりした。

その同窓会1次会の終わりにばたばた入ってきた彼女は 相変わらずエネルギーの塊みたいに見えた。
2次会に移動するとき、たたたっと彼女は俺のところにきて、「子供が熱出したんで帰るけど」と言いながら ちょっと、と俺を横へ引っ張っていった。

高3のクリスマスイブに、電話くれた?

いきなり全身が蒸気ポンプになったかのように火照り、心臓のばくんばくんいう音で耳の中がいっぱいになった。


ごめんね、あの日部活の友達と遊んで6時過ぎに帰ったんだ、受験生なのに遊んでばかりで!って怒られてさ。そのあと、夜おそくなってから母から「ごめん、忘れてたけどSくんって子から電話があった」って聞いてさ。

勘違いだったら恥ずかしいけど、でも電話くれたの、うれしかったよ。ごめん、Sくんを好きとかそういうのじゃなかったけどね、むしろ嫌われて避けられてるのかと思ってたんだよ。だからますます、なんかすごく嬉しかったの。こういう言い方、なんか失礼かもしれないけどさ、でもSくんが仲良かった男子たちくらいには、嫌いじゃない人達のなかに入れてくれてたのかな、って思ったら嬉しくて、電話ありがとうって、それだけ伝えたかったの。10年経っちゃったけどね。

ちょっと化粧が落ちてきた顔で あの頃のにまっとした笑いを彼女はした。



そして今、俺の息子が大学受験を目前に控えている。あの頃の俺より息子のほうが勉強してるのかしてないのか分からないけど、もう時代も勉強してる内容も違うからあれこれ言えない。妻はため息ついたり息子に文句言ったり夜食つくったりしてるけど、男親なんて結局なにも言ってやれないししてやれない。

この夏に高校の同級生から彼女が交通事故で亡くなったらしいという話をきいた。

彼女を好きだなんて誰にも言わなかったし、大体あのクリスマスイブに告白なんてする気もなかったけど、話したかったんだ。受験勉強で息が詰まってたとき、彼女のあのにかっとした笑顔を見たくなったんだ。好きだったか、といわれるといまだに照れもあってか「どうだろう」としかいえない。

だけど気になってはいた。つられて笑うくらいの破壊力をもった笑顔をするひとに、俺はその後あったことがない。いや、いたのかもしれないけど、あの時代の俺には特別な笑顔だったんだ。

息子には彼女なんて出来たことはないようだ。まぁ、俺の息子だからな。

でも息子にも、俺にとっての彼女のような、あの年齢の思い出に吹き込んでくるような風みたいな存在がいたらいいなと思う。そういう高校時代を過ごしていて欲しいと思う。威張れない、むしろ情けない思い出かもしれないが、年を経る毎に大事な大事な思い出に見えてくるから。

今どきのアニメやマンガみたいなどきどき、きらきらする恋愛じゃなくてもいいんだ。俺のなんか、むしろ恥ずかしいくらい奥手な高校生の思い出だ。妻にだって言ったことはない。なにかと察しがいい妻は 俺が奥手だったとか女の子と話すのが苦手だと言うことは知ってるから、こんな情けない思い出を抱えてることくらいは予想しているだろうけど。

知らないところでいつの間にか 思い出の女の子がいなくなってしまった。

涙は出ないけれど、ずるいよなぁ、と思う。どうせなら、お互いしわくちゃになったときまた同級生と飲みながら再会して、トシ取ったな!と大笑いしたかった。あのもの凄い破壊力の笑顔を、しわくちゃの顔のなかに見せて欲しかった。しわくちゃになる前にキレイに覚えててもらうままで逝っちゃうなんて、ズルイ以外のなにものでもない。

息子の受験が終わったら、こんな話をオトコ同志でしてみようかな、と今考えている。





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