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前進するためのことば

207.信頼感がある

デザインの話をしよう。これはもうずっと前、デザイナーの梅田弘樹さんから聞いた話だ。

梅田さんは、もしカフェモイを憶えているひとなら、お店で使われていたオリジナルのコーヒー&ティーカップセットをデザインした人といえばピンとくるにちがいない。

その梅田さんが、もうずいぶんと昔になるが、フィンランドの若いデザイナーたちと一緒に東京でグループ展を開いたことがあった。その椅子は、彼らの手になる意欲的な作品のうちのひとつとして展示されていた。

若いフィンランド人デザイナーがつくったその椅子は、透明のアクリルを加工したもので、とりわけ流れるようなうつくしい曲線が印象的だった。

座ってみて。

梅田さんがぼくに言った。腰掛けようとして、一瞬戸惑った。というのも、透明のアクリルでつくられた椅子に腰掛けるのは、まるで宙に浮いたゼリー状の皮膜に全体重をかけるかのような心細さがあったからである。つい、

大丈夫?

と訊いてしまった。すると梅田さんはニヤッと笑って、「ね、だからダメなんだよ」と言うのだった。

なるほど、その椅子には決定的に「信頼感」が欠けていた。デザインには機能性やうつくしさも大切だが、それ以前に使い手が安心して身を委ねるに足るだけの信頼感が必須だということを、ぼくはそのとき学んだのだった。

ひととモノとの間にあるのは関係である。ひととひととの間にあるのも関係だ。つまり、モノのデザインにかぎらず、「信頼感」はひととひととの関係、あらゆるコミュニュケーションに適用されるものである。

病院で採血をされる時、清潔な制服に身を包んだ看護師の方が、背中に大きなワンちゃんのイラストのついたジャージ姿の兄ちゃんにちらちらタトゥーが見える腕でされるよりもずっと安心感がある。例えがおかしいが。

要は、奇抜さとか斬新さといった部分では勝負するなという話。

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