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今週の日記|&

4月17日 アァルトとアアルト

今週の「フィン活」本から。

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堀井和子『アァルトの椅子とジャムティー』(1999年、KKベストセラーズ)

はじめてフィンランドを訪れたとき、ちょうどその直前に出たばかりのこの本を手に入れて「予習」したのを憶えている。その他は、「Lonely Planet」のフィンランド版と何冊かのアアルトについての専門書、それにアキ・カウリスマキの映画がフィンランドという国についてのぼくの知識の全部だった。

いまにして思うと、これはライフスタイルという文脈からアルヴァ・アアルトについて言及した、あるいは日本で最初の文章かもしれない。そのことは、AALTOという名前がここでは「アァルト」というちょっと風変わりな表記になっていることからもわかる。

それ以前に活字になったものを見ても、およそ「アァルト」という表記にお目にかかった記憶はない。たとえば、いまゴソゴソと本棚から引っ張り出してきた1965年の雑誌「太陽」では「アールト」だし、1969年に初版が出た建築家武藤章の著書のタイトルは『アルヴァ・アアルト』となっている。さらに、池袋にあったセゾン美術館で1998年の暮れに開催された大規模な回顧展のタイトルも「アルヴァー・アールト展」であった。

つまり、これは憶測だが、堀井さんはこうした過去の出版物やイベントを一切目にすることのないままフィンランドの旅でAALTOと出会い、それゆえ「アァルト」という独自の表記に至ったのではないだろうか。仮に、これがいまだったら、校正の段階で「アアルト」もしくは「アールト」に直っていた可能性が高い。つまり、いまから20年前の日本では、アアルトという名前はまだまだ建築やデザインに関わっているような人たちを除いてはほとんど知られていなかったのである。

そして、だからこそと言うべきか、この堀井さんの文章からはいま流通しているフィンランドやアアルトにまつわる文章からは感じられない初々しさ、清新さといったものが感じられる。ほとんどなんの予備知識もないままヴァンター空港に降り立ったときの不思議な高揚感を、約20年ぶりにこの本を読み返すことで鮮明に思い出した。そんな堀井さんも、いまはきっと「アアルト」もしくは「アールト」と書くにちがいない。ちょっと残念に思う。

ところで、個人的な話になるが、じつはこの本を手にとってから10年ほど経ったある日、ぼくは著者の堀井和子さんと出会うことになる。紅茶党の堀井さんにコーヒーのおいしい淹れ方を伝授するという企画で、徳島の「アアルトコーヒー」店主庄野さんとの対談が吉祥寺にあった「moi」で行われたのだ。

その対談が掲載された庄野さんの本『たぶん彼女は豆を挽く』(ミルブックス)は、2年前に新たに書き下ろしをくわえて文庫化され、いま書店の棚にはその新装版が並んでいる。ちなみに、その新装版ではぼくが巻末の解説を書かせていただいた。20年という歳月のあいだには、いろいろと思いがけないことが起こるものである。

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