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成人のスタートは大事かもしれないけどね。

明けましたね。
喪中の場合、新年の挨拶ってどう言って返せばいいんだろうか?と模索しながらも、会う人会う人に普通にあけましておめでとうございますって口から出てた。
母から「明けたんだからいいんじゃね?」的なざっくばらんなご意見を頂戴したので、まぁいいか。
喪中の外国人はHappy new yearって言わないのかな?言うよね、きっと、知らんけど。

 
そんな中、今年の成人式が思っていたよりも早く開催されていて驚いた。
全国津々浦々、成人式の様子がニュース映像で目に入ってきて気付いた。
加齢に伴い、成人式という自分には全く関係なくなってしまった行事については頓着しないが、若い彼らを目にすると勝手に母性が湧いて出る。生命力と希望を感じる。
がしかし、成人早々やんちゃな子が警察の御厄介になり、早速実名報道されている様子を見た時に、ふと思い出した事があった。
 

約10年前(10年以内)だと思うが、たまたま成人式の日の午後、仕事中の父に頼まれて、現場に社用車を届ける為に運転していた折、走行中に一台の車とすれ違った。
運転手は派手な袴を来た男子で、成人式の帰りなのだろう。車内は一人のように見えた。
運転中なのでほんの一瞬のこの出会いであったが、
シヴィックらしきその車のフロントガラスの両サイドにデカデカとカッティングシートが貼られており、まぁその時点で何かしらの道交法に引っ掛かるとは思うが、問題はそこじゃなかった。
 
太い明朝体で縦書きだった。
 
左サイドには「祝」
 
右サイドには「戌人
 
しかも自力でカットしたのであろう歪な仕上がり。
 
その一瞬で私はこの若者の将来を憂いた。
ついでに言えば、その年の干支は戌年でもなかった。
戌年であって欲しかった。
「上手い!」と思いたかった。
 
すれ違った後の運転では非常にタフな時間を強いられた。
想像が止まらないのだ。
この日の為に彼は巨大なシートを購入し、下書きをし、カッターで息を殺してカットし、フロントガラスに慎重に貼り付けた。
そして向かった成人式会場に、自信作を乗り付けて登場したのだ。
しかし帰り道でも貼られたままという事は、誰からも指摘されなかったという怖い事実が存在しており、つまりは、陰で笑われただけで彼のハレの日は終わってしまったのだ。
彼は学生なのか?社会人なのか?
親御さんは知っていたのか?
彼に友達はいないのか?
いつ誤字であると気付くのか。
剥がす時はどんな気持ちなのか。
もしかして警戒中のパトカーに捕まってしまい、その時に警官から指摘されるのか。一番恥ずかしいじゃないか。
彼のこの偉業が、ここ、ド田舎の居酒屋かどこかで永遠に語り継がれてしまうのではないか。
そもそも運転しにくくはないか?前方が全然見えないデカさ。
10年後の同窓会ではどんな顔して出席すればいいのだ。
またフロントガラスに何かを貼って出席させられるような弄られキャラでない事を祈りたい。
待てよ、10年後って、今?来年?再来年?もうすぐじゃん!
と未だに私の心はウズウズしている。

これだけの妄想を挙げておきながらも、私はこの可能性をゼロにする事も出来ないのである。

ただただ、カットに失敗しただけ。

「成」と「戌」。
これらの漢字をよく見てほしい。

私は職業柄、カッティングシートを扱った事がある。
PCで作った文字や絵柄などを、専用のプリンタで出力するだけの作業だ。
操作は紙と変わらない。

だが彼は手動だ。あの歪なカットの文字を鮮明に覚えている。

そう、彼には新たにシートを買い直し、修正する時間がもうなかった。
シートを全部剥がすという選択肢すら、力尽きた彼にはもうなかったのである。
恥を承知で「戌」のまま出動する気持ち。

せめて戌年だったら…。
多少なりとも救われただろうに…。
 
彼に幸あれ。
ずっとそう思って生きてきた。
私はいつだって彼の味方だ。
届け、この、想い。
 
 
そんな私自身の成人式はどうだったかと言うと、
前月(12月)に盲腸の手術をし、年末に退院したばかりで、しかもその後に傷がパックリ開いちゃったものだから治りが遅く、着物を着る事が出来ないだろうという点と、
当時よくつるんでいた幼馴染軍団(私以外みんな男)と話し合った結果、成人式には出ずに地元に帰って遊ぼうぜという流れになっていた点で、
余裕ぶっこいて当日は普通に寝ていたのに、成人式開催の30分前にピシッと一張羅を身に纏った軍団が「おい!行くぞ!」と我が家まで起こしにやって来て、私は寝起きのままスーツに着替えさせられ、ほぼほぼスッピン・寝ぼけ顔で参加するという、今でも思い返すと末恐ろしい事態に巻き込まれてそのまま終わっただけであった。
 
ただ、現在のスッピンと二十歳のスッピンは全然違いますからぁ?
ハリとかツヤとかシミとかシワとか?
集合写真を見ても、ギリセーフでしたわ。遠目だし。
多少の寝ぐせはありましたけどね?言ってしまえばそれもまたオシャレですわ。
 
あれはドッキリだったのだろうか?
相当タチ悪いけども。
 
だから、私の成人式の思い出も、ステッカーの彼の思い出も、時間が経てば何とか正気は保てる、という話である。

胸を張って生きていい。

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