【映画】豚が井戸に落ちた日 돼지가 우물에 빠진 날/ホン・サンス
タイトル:豚が井戸に落ちた日 돼지가 우물에 빠진 날 1996年
監督:ホン・サンス
近作のホン・サンス作品と言えば、会話劇から生み出される軽妙な作風が多いのだけど、本作は処女作という事もありかなり力を入れていて雰囲気は重い。「ペパーミントキャンディ」や台湾ニューシネマに近い重さといえば、何となく伝わるかなと。例のズームもまだ登場せず、フレームの中で二者、三者の会話から広がる所謂会話劇のようなホン・サンスのトレードマーク的な要素はまだここには無い。カットをちゃんと割ったり、リバースアングルを使ったりと今のミニマルに削ぎ落とした作品と比べると、かなり真面目に映画を撮ってる感じ。多分今のホン・サンスらしさを求めるとちょっと面食らう作品ではあるものの、先ほど挙げた「ペパーミントキャンディ」や台湾ニューシネマの雰囲気で捉えるとかなり面白い。というか、韓国映画の中でもかなりの傑作だと感じられた。描かれてる事象はその後のホン・サンス映画と大差ないにも関わらず、描写はとにかくドライ。
四人の主人公の視点を四部構成で描いているのだけれど、視点が切り替わるというよりそれぞれで重点を変えているといった趣きで、物語が進むにつれ四人の関係が繋がってくる。売れない作家、その作家に恋心を抱く映画館でバイトする女性(色目を使ってくるという台詞がこの時期のホン・サンスらしい)、さらにその作家と不倫する女性とその夫。四人とも人間関係の輪から外れてしまっていて、疎外感を感じながら自分の立場の中で右往左往していくのだけど、関わり合いが徐々に崩壊していく様が俯瞰で描かれる。その後のホン・サンス作品では、対面した会話の中で関係性が崩れていくのだけど、一人称の視点で知らず知らずのうちに関係性が破綻していく様に、不穏さと恐ろしさが内包されている。それぞれが起こす行動が、皮肉な結末を生み出す構成の妙がこの作品の面白い所で、想いの掛け違いの連鎖が巧みに仕掛けられている。ラストの新聞紙(四人と四枚の新聞紙が引っ掛けられている)からベランダへの流れの妙な緊張感は、何が起こるか分からない雰囲気はめちゃくちゃ尾を引く。
それにしても出てくる女優の美しい事。90年代っぽさと日本の昭和っぽい雰囲気が、ファッションや街並み含めてかえって違和感なく見れる。1996年の韓国といえば、民主化からの近代化、その後の1997年の経済破綻する前年の年で、2000年以降の経済復興から今に至る姿とは少し異なる。そういった時代を考えると、ホン・サンスの作品が辿る韓国の姿の変遷の始まりとして見ると、また違った景色が見えてくる。
不穏な雰囲気を醸し出す音楽も、物語の不条理さを強調していた。キム・ミニとの出会い以降のフェミニズムを内包した近作に比べれば、家父長的な描写は多いものの、ドライな韓国映画の傑作だと思う。ホン・サンス作品の中でもかなり好きな一本。