見出し画像

ウェイヴス Waves/トレイ・エドワード・シュルツ

画像1

タイトル:ウェイヴス Waves 2019年
監督:トレイ・エドワード・シュルツ

この映画は2010年代の一部分を総括するものだったように思える。淡い極彩色は、劇中では流れないけれど、フランク・オーシャン の「ナイキス」で覆うように漂うシンセサイザーの音色を映像化したような感じでもある。

観ていて強く感じたのはウォン・カーウァイからの影響で、色合いだけでは無くインパクトの残る音楽の使い方など色濃く出ている。この10年、北米の監督の口からウォン・カーウァイの名前が出ているのは今までも書いてきたけれど、よりダイレクトな影響が見て取れる。グザヴィエ・ドランは「華様年花」を引用していたし、ジェリー・バンキンスは「ブエノスアイレス」からカエターノ・ヴェローゾの歌を引用していた。本作はインタビューで「恋する惑星」について言及している。本作を観て真っ先に思い浮かべたのがまさに「恋する惑星」だった。ウォン・カーウァイは日本ではほぼリアルタイムでブームが起こり注目されたため、今ではあまり語られる事が少なくなっているものの、この10年間でアメリカの映画監督へ与えた影響の大きさは日増しに大きくなっているようにも感じる。色合いだけではなく、刹那的な人々の描き方や国を超えた音楽趣味も大きな影響を与えていると感じられる。

「ウェイヴス」は先日観た「はちどり」にある種共通する部分があった。韓国の家父長制度なら比べれば、「ウェイヴス」での家庭環境は男女差別はいくらか希薄ではあるものの、父親の絶対的な支配が如実に現れていることと、学歴主義やスクールカーストは切り離せない。どちらも学歴社会のプレッシャーからもたらされる暴力性は似通っているものがある。眼を向けられず家族から無関心なままの在り方など共通する部分は大きい。

心の変化共に画角が変化する様はドランの「マミー」でも同様に描かれていて、映画的なインパクトはドランの方がダイレクトに感情に訴えるものの(ワンダーウォールを使うのはずるいw)、本作はより自然な孤独や閉塞感が描かれている。ウォン・カーウァイから影響を受けた監督ふたりが似たような表現をしているのも面白い。

前半後半で話が変わるのは、ドラマの影響もあるように思える。デヴィッド・フィンチャーの「ゴーン・ガール」が出来事の終わった後を描いていたように、ある物語が終わった先の話が語られるような、かつての事が終われば終わると言ったドラマツルギーとは勝手が異なってきているのもこの10年の映画の流れのように思える。起承転結の後の登場人物の出来事が続くのは、シーズン毎に起承転結しながらも、その後を延々と描くドラマの影響が少なからず影響しているのではないだろうか。本作では前半の兄が起こす顛末の先に、残された家族、特に妹エミリーの姿が描かれている。前半の兄がメインの話はいささかコンサバな展開ではあるものの、後半で家族の魂の救済を描く事で全く様相は異なっている。印象的なのは父親の在り方が家族の崩壊とともに、弱さが露呈するシーンだったと思う。妻から責められて、関心を抱かなかった娘に対して気遣いながら、娘から逆に気遣かわれる。社会の中で成功を勝ち取ろうと四苦八苦する父と兄の弱さは、「はちどり」で描かれた家族の在り方とにている。
妹エミリーは父と兄の弱さを受け入れていき、癌で亡くなろうとしている彼氏の父親との関係の救済に向かう。エミリーを演じたテイラー・ラッセルの表情が素晴らしい。前半では空気のような存在だった彼女が、家族の破綻を乗り越えて自分を取り戻していく部分に感動を覚える。彼氏が出来た事で体毛を剃ったり、体臭が気になる部分など、人と関わる事で自分を取り戻していく。死の直前にアレクシスからリップを貰うシーンとリンクしていて、与えられた美しさから、勝ち取る美しさへの移り変わりはエミリーの自立心と力強さを感じさせる。裁判の時にアレクシスの家族に眼を向けるのは、この部分に対しての複雑な気持ちの現れが出ていた。

映画のキーになるのはフランク・オーシャンの歌と、カニエ・ウェストの存在だと思う。兄タイラーが髪を脱色していたのは明らかに「ブロンド」のジャケットに写るフランク・オーシャンの姿から引用されている。

画像2

フランク・オーシャンやカニエ・ウェスト、タイラー・ザ・クリエイター、ケンドリック・ラマー、ハー、エイサップ・ロッキー、チャンス・ザ・ラッパーなどに混じって、テーム・インパラ、アニマル・コレクティブ、レディオヘッド、アラバマ・シェイクス、ヴァンパイア・ウィークエンド(名前だけ)といったインディロックバンドの音楽も登場するのが00年代以前と異なる。
フランク・オーシャンやブラッド・オレンジ(これも名前だけ)が人種やジャンルを超えた奏者をピックアップしているのに似ている。

映画の全てを代弁していたのはラストで流れた、アラバマ・シェイクスの「サウンド・アンド・カラー」だった。音と色。ブリタニー・ハワードの歌と、心の自由を手にしたエミリーが手放しで自転車を漕ぐシーンは魂の浄化をもたらしている。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?