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【映画】夏時間/ユン・ダンビ

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タイトル:夏時間
監督:ユン・ダンビ

若手の女性監督ということで並んでよく名前が挙げられる「はちどり」が主人公ウニの視点を中心に家父長制度の中から見た世界を描いているのに対して、「夏時間」は主人公オクジュが中心にありながらも家族にフォーカスした物語という違いがある。
父と姉弟の三人が、父の失業で祖父の家に転がり込みそこに叔母も転がり込んでくるのが大筋なのだけれど、老後のケア、離婚、十代の女の子の悩み、母を求める息子という問題がレイヤーになっている。オクジュの両親が何故離婚したのかが描かれてなかったり、離婚を決意する真っ只中の叔母の理由も明かされていない。そこにあるのは、すでに起きてしまった現実だけが横たわっている。説明の無さの余白に今の韓国映画の成熟度が見て取れる。

何よりも目を引くのが舞台となる祖父の暮らす建物。おそらく骨格は鉄筋で、内装はニスの光沢がありありと分かる木製の板張り。モダンとはかけ離れた、築50年近く経っているのではないかと思うくらい古い建築で、リビングのど真ん中にある木製の階段や、広いベランダが印象に残る。二階の広間でブドウを食べるシーンなど、登場人物と同じくらい建物の存在感は大きい。この家はキム・ギヨンの「下女」に出てくる建物に近い雰囲気があるので、半世紀以上前の建物ではないかなと思う。以前「パラサイト」でも書いたように、この家は坂の途中にあり祖父の部屋には豪華な螺鈿のインレイが施された家具があることから、元々は裕福な家庭だったのではないかと思われる。父ビョンギが事あるごとに祖父から支援されていたと叔母のミジョンの台詞からも、実家の経済状態が見えてくる。この辺りは「はちどり」に通じる男性優位な家父長制度の一旦が表面化するくだりなのだけれど、父の年齢から考えると90年代後半の韓国の経済破綻を経験しつつ、その後の起業や失業は「パラサイト」や「はちどり」のその後とも密接に関わってくる社会情勢と思われる。祖父の世代と父の世代が持つバックグラウンドは特に説明はないものの、そう言った時代背景があるのではないかと推測する。

十代のオクジュが二重整形を望んでいたり、父のパチモンナイキを転売していたりと現代らしい悩みを抱えているのも包み隠さず出してくるのも韓国映画らしい(オクジュ役のチェ・ジョンウンの一重はすごく愛らしいのだけど)。好きな男の子に上げたパチモンナイキを無理やり脱がして自転車で走り去る場面は、この映画のハイライトだと思う。警察に捕まった事と、しょうもない仕事をしている父に対する怒りと羞恥心の中、真夏の坂道を下るシーンの表情は素晴らしい。

「夏時間」というタイトルの通り、真夏の空気が画面から溢れ出ている。夕暮れの窓辺の雰囲気だったり、家の近くの雑貨店で父と叔母が酒盛りしている所や、日中の日差しと、それぞれが短いモラトリアムの中で生活している。一夏の経験と言ってしまえばそれまでなのだけれど、経験あるなしに問わずどこか誰しも断片的に味わったような事柄に、国は違えど郷愁感を強く感じさせる。それは家族の関係の中に普遍的な思いがしっかりと描かれパッケージされていたからではないだろうか。国柄関係なく普遍的な内容を家族間のレイヤーの中に落とし込んだユン・ダンビ監督の広く鋭い視点に驚かされる。

この映画で存在感を示していたのが弟ドンジェ役のパク・スンジュン。末っ子らしいおちゃらけた場面は対して面白い事をしているのではないのに、なぜか笑いをとってしまう。彼が踊ったりおどけてみると場面の空気が一変する。演技というよりも素で笑わせようとしているようにも見えるし、実際目にすると登場人物も観客もみんな彼の動作に引き込まれてしまう。姉オクジュが弟をうざったい存在に思うのが「調子良すぎ!」という苛立ちと相乗効果になっていた。気まずい雰囲気の時はしっかりしおらしくしていて、この場の空気の読み方も観ていてなんか笑ってしまう。二重手術をしたいというオクジュが必要ないと一蹴されながら、どう考えても必要ないスマホが欲しいという弟ドンジュを優遇しようとする流れは「はちどり」に通じる家父長制度が垣間見られた。

派手さはないけれど、リアルな家族のあり方を描いた韓国映画の傑作の一つなのは間違いない。新世代の韓国ニューウェーブは確実に起きている。

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