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夏の合宿所 【早朝の出来事】

 玄関のクルマ回しに停めてあった叔父さんのボルボが無い。

「彼女を探しているあいだ、エンジンの音はしなかったよね?」
 周りが明るくなり、僕から少し離れたユリさんに聞いてみる。役得の時間は終了した模様。
「ええ、虫の音しか聞こえませんでした」

 ホテルへ入る時に開けた門は開いたまま。思い出してみると昨日ここに着いてから門を締めた記憶がない。開き放しだったのかも知れない。

「どうしましょう?」
 明るくなった敷地内を見まわしながら、ユリさんが聞いてくる。
「うーん… もう一度、叔父さんの部屋へ行ってみよう」
 深夜には酔っ払って起きる気配がなかった叔父さんも、今なら起きるはず。



 建物に入り、昨晩酔った叔父さんを休ませた部屋に、ユリさんと入って行くと…

「「叔父さんがいない!!」」

 叔父さんのいない部屋でユリさんとどうしたものかと、お互いに顔を見合わせる。

 深夜に告白されたような、されていないような女子高生と軽井沢のホテルで二人っきり。今の困った状況でなければ、恋愛小説になりそうなシチュエーション。
 その手の物語を書くのは苦手だけどね。

「私たちがいない間に、叔父さんと彼女さんがクルマでどこかへ出かけたのでしょうか?」ユリさんは現状分析をしながら、何かを考えているふう。
「僕たちが彼女を探している真夜中に? どこへ? クルマの音もしなかったし…」

 叔父さんがいなくなった部屋を出て玄関の吹き抜けフロアに戻ると、今まで気がつかなかった立派なソファが置いてある。深夜から寝ずの捜索で眠気と足のだるさが限界に近く、ユリさんと僕は無言でソファになだれ込むように座った。
「何も解決していないけど疲れたね」
 向かいのソファで横になったユリさんに声を掛ける。
「ええ、疲れて眠いです」ユリさんは目をつむったまま返事をする。
 僕も目蓋まぶたが落ちてきた…



「うぅ、なに? なに!」
 いきなり何かを被せられ、身体が宙に舞い上がり目が覚めた。
 朝が来たはずなのに周りは真っ暗。下の方には松明たいまつを片手に仮面を被った怪しい人たちが歩いている。自分を見ると捕虫網に捕まった虫の状態で、玄関の吹き抜けフロア天井からぶら下がっていた。

「エムさーん!」
 声がする方を見ると、同じように宙ぶらりんになったユリさんが網の中から僕に助けを求めている。
「大丈夫?」また間抜けなことを聞いてしまった。網に捕まったから大丈夫ではない。

「ダメです。苦しい…」
 ユリさんは下を向いたまま網に絡み取られており、胸に網が食い込んで苦しそう。
 仮面の人たちは、松明たいまつ片手に何か準備を始めている。
『拷問?』『生贄いけにえ?』縁起でもない言葉が頭を過ぎる。

 網に絡まれて身動きが取れず、時間の経過も分からないまま時が過ぎ、不自然な格好の手足が痺れ、網の中でもがいていると、鼓膜が破れそうなくらい大きな音が外から響いてきた。
『ドドドッ! ドッスーン!』
 すぐ近くに大きな雷が落ちたかのような大音響と響き。

 すると仮面の人たちは、蜘蛛の子を散らすように何処かへ行ってしまった。
「エムさーん、私たちどうなるのですかー」
 ユリさんを見ると網の中で体勢を立て直したらしく、上向きになり顔だけをこちらに向けていた。
「うーん、状況が分からないから何とも。まずこの網から出ないと」
 ユリさんと僕を絡め取った網はしっかりしており、数メートル下の床に落ちることはなさそうだが、網を破ることも難しそう。

 ユリさんと僕が捕虫網の虫状態のまましばらくすると、クルマが走ってくる音が聞こえ、玄関の前で停まりドアの開く音がして、叔父さんと彼女が扉を開けて入ってきた。
「大丈夫か!?」
「大丈夫?」
 網の中から、2人の緊張した声が聞き取れる。

「ええ、大丈夫じゃない状態で捕まっていますが、大丈夫です」
 変な言い方だけど、そうとしか言えない。

「分かった。今、下ろすから」叔父さんは簡単に言うけど、すぐに下ろせるの? 謎の集団が吊り上げたのに。
 そんな疑問を余所に叔父さんと彼女がフロアの奥まで走って行き、しばらくすると四方を覆っていた暗幕が上がり、ガラス越し入ってくる朝日が目に眩しい。

 僕たちを吊していた捕虫網は徐々に下がり、床に着地した。
 網が緩むと上部が開き、なんとか自力で出ることが出来立ち上がると、奥から叔父さんと彼女が戻って来た。

 叔父さんが、ユリさんと僕の顔を見て、頷きながら口を開く。
「2人とも、意外に頑張ったな」

 どういうこと?

(つづく)