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夏の合宿所 【紀行文】

 叔父さんの急な話に、僕たちは何事?と思う。

「『涼しいところを確保した』と言ったけど、避暑地に連れて行ってくれるのかな?」叔父さんは、そんなに甘くないはずと思いながら口にする。
「叔父さんは別荘を持っていないよ」
 そうか。彼女は親戚だから叔父さんのプライベートも知っているのか。

「私は家に戻って準備をします。父はココ(合宿所)へ来ることを認めているので、明日から合宿所に泊まり込むと説明します。知らない所へ行くと言えば、父が心配しますので」
 ユリさんが尤もなことを言う。父親が叔父さんと仕事で知己があるとは言え、泊まり掛けで知らないところへ行くと言えば、ご両親の許諾は難しい。

 何かを考えていた風の彼女が大きく頷き、口を開く。
「もう、避暑地行きの執筆時間は始まっていると思うの」
 彼女の瞳が輝き始める。
 僕は行き先への不安が高まる。

「文豪作家が執筆のために避暑地へ行くのは分かるけど、文壇デビューもしていない私たちが、涼しいところで小説が書けるなんて変だと思わない?」
 それは彼女の言う通り。わざわざ僕たちを避暑地に連れて行く理由はない。
「叔父さんは私たちに、ここから始まる紀行文を書かせるつもりなのよ」

 どこ情報? 疑問に思っていると、ユリさんが何かを思い出したのか、スマートフォンで調べ始めた。
「ありました!『紀行文』という言葉が耳に残っていて、これですね」
 ユリさんが見せてくれたディスプレイには「ティーンエイジ『夏の紀行文』募集」が表示されている。

 10代限定なので賞金や賞品はそれなりだが、主催と協賛が出版会社の有名どころ。
「それそれ! 私もどこかで見たと思っていたからそれよ。そっかー、叔父さんも考えてくれているのね」彼女の中で叔父さんの株が上がる。
「叔父さんは僕たちに紀行文を書かせて、執筆力を上げさせようとしているの?」
 僕の素朴な疑問に、彼女は微妙な表情。
「それは当たり前だけど、叔父さんの狙いは私たちに賞を取らせて、合宿所のスポンサー確保を目論んでいると思うの」
 何? その壮大な計画は。
「叔父さんはスポンサーを捕まえて、一儲けを考えているわけ?」

 ユリさんが珍しく口を挟んでくる。
「この前クルマでここへ送って頂いた時『クーラーも修理したいけど高くつくからな』と仰っていました。スポンサーを募って合宿所の整備をするつもりではないでしょうか」
 高校生のユリさんが見ても、この合宿所の設備はマトモではないらしい。
 ココに住み始めて4ヶ月経つ僕が、身に染みて分かっているのだから間違いない。

「大手出版社が主催するコンテストなら、賞を取るのは簡単ではないと思うけど」
 僕は真っ当なことを言ったつもりだが、彼女の瞳がキラリと輝いた。いや『爛々と』という表現が正しいのかも知れない。
「エムくん、今の発言は戦わずして負けを認めたのと同じよ。不戦敗ね。最初からそんな弱気でどうするの? 文学賞の応募は文壇デビューに必要な通り道よ」
 言われることは尤もですが、僕は「小説家になろう」が募るコンテストにクリックだけで安易に応募するくらいですから。

 ユリさんがソファから立ち上がる。
「では、今日は失礼します。所長(ユリさんは叔父さんのことをそう呼ぶ)は午後出発すると言われたので、明日のお昼までに戻って来ます」
 暑い陽射しが照り付ける中、ユリさんは玄関を出て行った。

(つづく)