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「家庭の味」ビジネスがうまく行かなかった理由 - 中国ユニコーン列伝

ご近所シェアリングの思い出

昔、Anytimesというシェアリングエコノミーの会社の開発を手伝っていたことがあります。ご近所シェアリングということで、IKEAの家具の組み立てとか、買い物を代行してほしいとか、そういう細々した用事を近所の人にお願いできる、というサイトです(今でもありますよ)

当時ちょうどテレビの取材を受けたことがあって、Anytimesでの依頼の様子が番組に映りました。具体的には、一人暮らしの方が料理の作り置きを依頼するというので、家にいない間に料理を作っておいてくれる、というものでした。

番組の反響をチェックしてると、「それ愛人じゃねーかw」「襲われたらどうするんだ」みたいな反響が多くて、なるほど近所付き合いをオンライン化するという事業は多難だなあ、と思いながらぼくはサーバを監視し続けていたのが思い出です。テレビのアクセス数に耐えるのはマジ大変なので、エンジニアがそれ以外のことを考える余裕なんてなかったのです。

プライベートシェフ事業

さて、今日の「中国ユニコーン列伝」は、「家庭の味に金を払う理由」。家庭の主夫/主婦の方が家で料理を作って振る舞うシェアリングエコノミーです。Anytimesの派遣シェフのようなモデルもあれば、料理の得意な方が自宅でパーティを開いて近所の方がその料理を食べられる、という事業もあります。本の冒頭では、北京に住んでいる女性が故郷の味が食べたいなあということで、回家吃飯というサイトで見つけた同郷の人の家にご飯を食べに行く、というシーンが紹介されていました。

2014年から2015年頃にかけて、このホームシェフ事業はブームを迎えます。回家吃飯に続いた企業が数十社、中国はIT起業ブームなので、有望な事業があると思うと次々に後発が現れるのです。回家吃飯も2014年から2016年にかけて5回の資金調達を成功させました。

現在、これらの会社はほぼ残っていません。回家吃飯だけは営業を続けていたのですが、今年の新型コロナウイルスで事業停止を余儀なくされました。

「家庭の味」ビジネスがうまく行かなかった理由

未来から遡る視点で見ると、どっちにしても今年行き詰まっていただろうという話ではあるのですが、「家庭の味」ビジネスは、2016年頃すでにブームを終えつつありました。

最大の理由は、料理の安全性を保証できなかったことです。日本でも中国でも、飲食店で不衛生な料理が提供されると、来店した客がみんな一斉に被害を受けるので、食材や調理方法、料理場所などに厳しい規制がかかっています。なのに、家庭の台所に不特定多数の人を招いて食事を提供する、それ大丈夫なの?

最初のうちはユーザーからの不安の声だったのですが、やがて中国政府からも、「それ実質レストランだから同じ許可取ってね」とう声明が出されました。わりと大胆に何でもやっているように見える中国IT業界ですが、中国政府だって駄目なときは駄目というのです。

この時点で事業を諦める企業が続出しました。回家吃飯を始めとした何社かは、シェフの人に登録資格をもうけたり、食材も自社が提供するなどの施策を試みたのですが、こういう施策は、やればやるほど「じゃあレストランでよくね?」ということになってしまうので、どうにもならなかったのが実情でした。

市場規模の問題

そもそも市場あったの?という点も問題になりました。回家吃飯が行ったインタビューによると、ユーザーの53.2%は対人関係を重視していて、「面白い友人と知り合える」ことを目的としていました。「唯一無二のグルメが食べられる」「レストランより安い」という人は少なくて、要するに料理じゃなくて人とふれあいたい人が多数派だったのです。

では、ということで、プライベートパーティという施策を試みます。ホストの自宅に複数の人を招き、そこで集まった人が知り合うことを目的としたパーティです。参加費用は一人200元(3万円)、6人が参加すれば1,200元(18万円)の売上になるので、この価格設定だったら免許取ってちゃんとした食事を提供してもペイするだろう…

これは別の意味でうまくいきませんでした。インターネット上で不特定多数の中から6人を招いても、年齢層も学歴も仕事もバラバラ、そんなパーティは盛り上がらないのです。ホスト役が友人を厳選してパーティを行えば面白い人達が集まる可能性があるかもしれないけど、それもはやただのパーティで、もはやサービスが存在する必要ないのでは...?

その後、回家吃飯は法人向けのパーティ事業にピボットして生き延びていたのですが、前述のとおり、今年の新型コロナウイルスで事業を停止してしまいました。

まとめ

無茶なことをして成功した企業の話が面白いので、これまでそういう企業ばかり紹介してきたのですが、この章は全滅してしまった話でした。ベンチャー企業は常に挑戦を続けるから、今後新たな工夫を思いついて羽ばたくフェニックスのような企業が現れる可能性もあるのですが、今のところ、この分野は駄目だったね、という結論です。そういう分野もあってこそ列伝だと思うので、これはこれで面白いなと思いました。


この記事は、「中国ユニコーン列伝」という本の宣伝のために書いています。これまでの記事はこちら。

こういう事例をもとに、「なるほどこういう事業は無理があるのか..」「いや逆にこうやればいいんじゃね?」と考えることができるので、ベンチャー企業に興味のある方にはきっと面白いです。ちょっと高い本ですが、興味のある方はぜひ買ってくださいませ。

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