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成功しないと挫折は語れない、のか。

Twitterあるあるとして、『「ビジネスで成功してます」感を出している人はプロフィールがやたらと長い』というのがある。

そしてそのプロフィールの中にはけっこうな割合で「挫折経験」が入っている。
見たことないだろうか、「22歳で独立起業→失敗して借金700万円→新規ビジネス立ち上げで売上5000万円達成」みたいなやつ。

これは「いきなり成功するのは非常に確率が低い」「何度もチャレンジすることが最終的な成功のためには必要」といった理由があると思われる。
そしてそれ以外に「1回失敗挟んでおいたほうが人間味がある」「失敗したからこそ弱者の立場が分かっている、みたいにしておいたほうが好感度が高い」という理由もあるのではないかと推測している。

ユニクロの柳井氏が「1勝9敗」という本を出しているように、実際起業は成功の確率だけでいうと低い。成功した人の話を聞くといろいろ失敗を経て今の自分がある、という内容がよくあり、再現ドラマになったりする。起業は難しいとはいえ、アイデアとかプランニングだけであれば考えつく人はけっこう多く、一番大事なのは「実行力」であろうと思う。

「実際に自分は実行したから成功した、君たちも実行してみなさい」というオーラがそういう人からは出ている。しかし、セミナーとかで役に立つんだか立たないんだがよくわからない情報を出して儲けようとする輩も似たようなオーラを出しているのが危険なところだ。

「無理でした、って本当に無理なところまでやってから言えよ!」みたいなことを主張する人は、自分でホントに頑張ってたりやり抜いてたりするパターンと、批判をかわすために強い言葉を使っているパターンがあると思う。
後者の場合、「セミナーで聞いたことやったけど成功しませんでした」といった意見に対して「本気でやってないからだ」というように使われる。

ちょっと話がズレたので戻すが、声高に挫折体験をやたらと挟んでるのは怪しいと思っている。実際に頑張ったので書いている人と、共感を得るために主張している人の区別がつきづらいからだ。
「こんなに失敗した自分でもできるんだから、あなたにもできるよ!」といった感じのワードもよく使われるが、これはよくよく考えたら別に何の根拠にもならないことがわかる。「バスケやってたんならみんなダンクできるよ」というのと同じである。

ちなみに自分は何の成功もしてはいないが、挫折経験は書いている。
しかも全20回も。

こういうのをまとめてみるのは昔の気持ちに区切りをつける意味でもなかなかよかった。昔の同僚にもなつかしがってもらえたし。
いわゆるブラック労働時代の話は自虐的なネタとしても使っている。

だから別に「ビジネス的に成功」なんてしてなくても挫折経験は語っていいと思う。何、文章を書くハードルがそもそも高い?いいから死ぬ気でやれ!本気でやってないからそういうことを言うんだ!(矛盾)


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