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徒弟制度と集団教育と

放置していたnoteをちゃんと書き上げるシリーズ。お笑いの話から、弟子を育てるということについて、思うことを。このnoteを書こうと思った切っ掛けは、元dadaのbibibi氏のこのツイート↓が発端でした。師匠に弟子入りして修業したさんま・紳助・オール巨人・桂小枝師匠らの世代と、ダウンタウンやトミーズ以降の吉本NSCで笑いを学んだ世代では、歳を取ってからの生き方に、似ている部分もありますが、明らかに違う部分がありますね。

自分の中の人の一人は、立川流の前座落語家だった時期があります。また自分も、剣道やら喧嘩藝骨法やらブラジリアン柔術やら、武道武術はアレコレやってきたので、徒弟制度の経験自体は豊富な方でしょうね。同時にもう10年以上、大学や専門学校、MANZEMI講座で教育をしています。うちの講師陣には、教育哲学が専門で、3月まで准教授の人間もいますし。そんな立場から、教育ということについて思うことを、ツラツラと。こちらも併せてどうぞ。

【師弟と一門の愛憎劇】

ヘッダーはMANZEMIのロゴより、未k嶋由紀夫が絶賛し、大友克洋先生がAKIRAの題字を願った平田弘史先生の、最後の揮毫です。

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■師匠は老い方のモデル■

落語家や喜劇人、漫才師、漫談家、あるいは広い意味でのお笑い芸人などの老い方のモデルは、いくつかあります。自分が子供の時に、実際にテレビやラジオで見聞きした芸人限定ですが、大雑把にまとめると、だいたいこんな感じでしょうか? 芸人と言ってもマジシャンとかジャグラーとかだと、また違うんでしょうけれど。また、寄席演芸の世界は上京した大学生活以降ですから、ちょっと偏っていますが……。

・森繁久弥 or いかりや長介の路線で役者に転向
・由利徹 or 志村けんの路線で生涯を喜劇の追求
・笑福亭鶴瓶 or 林家正蔵の路線で伝統芸能回帰
・青島幸男 or 北野武の路線で別ジャンルに進出
・上岡龍太郎 or 島田紳助の路線でサクッと引退
・Wヤング中田 or 横山やすしの破滅型芸人路線
・杉兵助 or 春風亭柳昇の路線で幸福な師弟関係

喜劇役者が俳優として味のある人形劇を演じるのは、自分は一つの選択肢だと思っています。快楽亭ブラック師匠は批判的ですが。人を笑わせる天才だからこそ、泣かせるのも自由自在ですからね。かのチャップリンも晩年は『ライムライト』や『シティライト』のような人情劇で、傑作を残していますから。もちろん、身体を張った喜劇を演じ続けたバスター・キートンや、晩年までお下劣シモネタの由利徹師匠も、大好きです。

伝統回帰というのとは少し違うかもしれませんが、関西だと実績もキャリアもあるお笑い芸人が、落語家に弟子入りってパターンが続いていますね。月亭八方師匠に弟子入りした山崎邦生氏や、桂文枝師匠に弟子入りした世界のナベアツ氏など。桂枝雀師匠の息子さんも、43歳で実父の弟弟子の桂ざこば師匠に入門して桂りょうばに。加齢とともに味が出てくる伝統芸能に、魅力を感じるのでしょうね。これも個人的には大歓迎です。

■弟子を持たず・持てず■

思うに元祖部室芸のとんねるずや、その影響を公言するナイナイは、芸を深めたり別路線にシフトする感じではなく、微妙ですね。それは役者も映画も自然消滅の、松本人志氏も同じ。ザックリ思うに、NSC出身で徒弟制度から離れたところで育っていった世代は、師匠という老い方のモデルや反面教師がないのが、その原因でしょうか? NSC世代は理不尽な徒弟制度から解放され、効率よくノビノビと育った代わりに、芸人として失ったものも小さくないのではないでしょうか?

松本人志氏には、友達や子分や後輩はいても、弟子はいないですから。これは、松本人志氏の周辺の芸人も似たような感じです。もちろん自分が知らないだけで、いるのかもしれませんが。永六輔さんや伊東四朗さんは弟子を取らないタイプですが、影響を勝手に受けた人間は数多いので、そういう私淑を生むタイプもまた、芸人のひとつの形なのかもしれません。これは天才タイプに多いですね、師匠も弟子もいないって。独学で独覚する、宮本武蔵タイプ。

明石家さんまさんにも、弟子がいないという人もいるでしょうが、弟子に近い存在として自他共に認める内山クンがいます。さらに言えば、笑福亭松之助師匠とは、師弟愛を超えた親子関係を感じます。これは、米朝・ざこば師の関係も近いです。さんまさんはその点で、不思議なタイプではあります。アドリブの天才なんですが、同時に徒弟制度の中でも生きる。落語家的なものはちゃんとある。

■師弟関係=親子以上?■

自分が好きな笑福亭鶴光師匠も鶴瓶師匠も、六代目松鶴という芸人の巨人の、全盛期も晩年も見ていて、影響は巨大ですね。小中学生の頃の自分にとって、この人たちはこんなに面白いのに、なぜ落語家という古くさいモノになったのだろう、喜劇役者でも漫才師でも成功しただろうに……と思ったものですが。長じて六代目松鶴を知って氷解しました。この師匠のような、凄い芸人になりたいと、魂を撃ち抜かれたんだな……と。

なので鶴瓶師匠も若い頃は、テレビやラジオに映画とイロイロと経験し、チンチン見せるなど無茶をしても、落語に回帰しておられます。ラジオスターの鶴光師匠はああ見えて、本業は落語って部分は若い頃からまったくブレていませんから。東京でも弟子も育てて、東西落語界の架け橋に。ここら辺は、関東の芸人をかわいがった松鶴師匠の、東西の交流を盛んにしたいという想いを、弟子として受け継いでいらっしゃいますし。

前述の、中堅や若手の芸人が落語家に弟子入りする現象も、専門学校では教えてくれない、濃くも理不尽で、でも親子以上の関係でもある師弟関係に、求めるものがあるのかな、と思ったりします。ざこば師匠とか、米朝師匠が亡くなったとき、一緒に死にたいとまで語っておられましたが。まさに父親以上の存在。米朝師匠への「ちゃーちゃん」という呼び名は、米團治師匠が「お父ちゃん」を上手く言えなかった時期の、マネだとか。まさに、DVを繰り返した実の父親以上の存在。

■伊集院光=森繁久彌型■

東京の芸人の場合は、芸人の師弟関係は割と明らかですが。そういえば、伊集院光さんなども、弟子らしい弟子はいませんね。ご本人は三遊亭楽太郎師匠(六代目円楽)へのリスペクトは非常に強いのですが、落語家からタレントに転向したという部分があるからでしょうか。ここら辺は、笑福亭の亭号ではなく明石家を与えられたさんまさんに、ちょっと似ていますね。後輩には慕われていますが。

落語は積み重ねていく芸ですから、モノになるには時間が掛かる。伊集院光さんは、歳取ってから売れる落語家ではなく、若い今売れるタレントを志向したわけで。実際、そっちが向いていた部分もあったのは事実です。50歳を超えて、ラジオの方は大沢悠里さんの後継者として、深夜ラジオの怪物から午前中の帯番組にシフトしていて、たぶん将来的には深夜の馬鹿力も後輩に譲り、月金で帯を持つでしょう(※追記:TBSラジオがアホすぎて、このシフトは失敗しましたが。何処か別の局でやるでしょう)。

してみると、年齢と共にシフトしていくという点で、森繁久彌さんのタイプですかね。もっとも、森繁久彌さんと同じ枠で括ったいかりや長介さんは、ミュージシャンもコメディアンも俳優も、全部師匠なしの独学と著書で自嘲されていました。でも、いかりや弾きと称された演奏法や、一世を風靡した全員集合、高く評価された演技力と、どれも一流に至ったという、稀有な人です。むしろ天才タイプ。弟子の志村けんさんとは、違うタイプですが。

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