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京アニ放火殺人事件の犯人「小説に全力を注げば暮らしていけると思った」

◉ひたすら考えが浅い粗暴犯───京都アニメーション放火殺人事件の犯人の発言が出てくる度に、なんというか……やりきれない気持ちになります。良くも悪くも物語を紡ぐというのは、相当に知的な作業ですし、ハッキリ言えば才能の世界。これが、スポーツだったら、100メートル20秒の鈍足なのに、オリンピックで金メダルを取ると言ってるレベルです。そういえば、オウム真理教の教祖も盲学校を卒業した後、東京大学を目指すと大言壮語して、上京したそうですが。自意識過剰の人間特有の、似たモノを感じます。

【青葉被告「パクられたと考えざるを得ない」…公判で京アニ作品上映】読売新聞

 36人が犠牲になった2019年7月の京都アニメーション放火殺人事件で、殺人罪などで起訴された青葉真司被告(45)の裁判員裁判の第4回公判が11日、京都地裁であった。第3回に続いて弁護側の被告人質問が行われ、青葉被告は京アニに小説を応募した理由について「小説に全力を注げば暮らしていけると思った」などと語った。

 この日の被告人質問で青葉被告は、09年に勤務していた職場で過去の犯罪歴を知られたとし、「生活が不安定になる。実力さえあれば暮らしていける何かに就かないといけないと思った」と言及。小説を応募したきっかけについて「京アニなら最高のアニメが作れる」と述べた。

https://www.yomiuri.co.jp/national/20230911-OYT1T50172/

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ヘッダーはnoteのフォトギャラリーより、『「500頁の夢の束」京アニ事件に思う事』というタイトルが付いていました。


■作家は才能の世界■

小説とか作話を、舐めてるからこういう発想になるのでしょうね。自分が新人編集者の頃、商業プロの漫画家は総数3000人ぐらいで、毎年300人ぐらいがデビューして300人ぐらいが廃業するので、総数は変わらないと先輩編集者に言われました。CLIP STUDIO PAINTのセルシス社の推計でも、だいたい3000人から6000人。してみると、ラノベ作家が、年間200人ぐらいデビューすることを思うと、小説家はだいたい総数ではその10倍の2000人ぐらいでしょうか? 余裕を見て4000人ぐらい?

医師国家試験に合格して、厚生労働省に登録した人間は、約34万人もいます。あるいは、東京大学の合格者は毎年3000人ほど。東大卒の肩書きを持つ人間は、全国に15万人から18万人もいることに。これは、京都大学もほぼ同じ数字です。まだしも、東大を目指したオウム真理教の教祖のほうが、確率的には60倍ほど高いと言えます。北大・東北大・東大・名古屋大・京大・阪大・旧帝大の合格者が、毎年1万8600人ほど。旧帝大卒の肩書きを持つ人間は、単純計算で100万人以上います。

容疑者は県庁の非常勤職員として働き、定時制高校の夜間部へ通っていたとか。県宛て文書を集配するメールボーイで、勤務態度は真面目だったようですが。業務が外部委託されるようになって職を失い、退職。就職氷河期の時期もあり、その後は正社員としては働けていなかったようです。こういう話をすると、すぐ社会のせいに責任転換する人がいますが。就職氷河期世代は何十万人もいても、36人を死に追いやったのは、容疑者だけです。

■小説を舐めている■

840人の支配下登録選手しかいないプロ野球選手や、200人台のプロ棋士、あるいは十両以上が70人ちょっと大相撲の力士よりは、はるかに広き門ですが。それでも小説家や漫画家やアニメーターは、才能の世界です。学問ならば上位1%以内に入れば、旧帝国大学レベルに合格できます。東工大や一橋大学、筑波大学など、それらに次ぐレベルの大学を加えれば、もっと広がりますし。私立大学で 一流とされる早稲田や慶応やMARCH、関関同立レベル以上ならば、上位10%でも入学できるでしょう。

しかしスポーツや芸事の世界は、上位0.1%の才能の世界です。京都アニメーション放火殺人事件の犯人には、そういう常識をアドバイスしてくれるような人間が、周囲にはいなかったのでしょう。芦辺拓先生がツイートされていましたが、もしこれが漫画家なら彼は目指さなかっただろうけれど、小説家なら行けると判断したのは──小説の実力差というものが、可視化されづらいからというのもあるでしょう。

文字ならば、義務教育を卒業している人間ならば、一通りの文章は書けますから。容疑者は、高校も卒業していますから。でも、誰でも小説を書けるということと、読んだ人間を感動させる内容を書けるかは、全く別の話です。湯川秀樹博士が理論物理学を選んだのは、当時の日本の研究環境では紙と鉛筆があればできる学問だったという、切実な状況があったためだそうですが。しかし理論物理学者になることはできても、ノーベル賞級の研究をできるかは、別の話です。小説も同じ。

■才能の世界は残酷■

逆に言えば、小説は誰でも書けるので、入り口のハードルがとても低くて。『小説家になろう』では、2019年4月時点では月間約20億PV、ユニークユーザーが約1400万人に達しているとウィキペディア先生。容疑者が小説を執筆していた時期に近い2015年の時点で、登録者数が55万人を突破。でも、2015年の書籍化作品は625本。やはり、上位0.1%の才能の世界です。ちなみに今は、約88万人のユーザーが登録しているそうです。

X(旧Twitter)で鳥山仁先生が指摘されていましたが、実は商業プロの小説家と一般人との、文章の巧拙の差はほとんどありません。そりゃあ、夏目漱石や森鷗外レベルの文豪ならば、明らかに レベルが違いますが。ではその違いを数値化できるかといえば、そんなこともなく。だいたい、文章の巧拙と内容の面白さには、それほどの関連性はありませんから。

ここらへんは、清水義範生の短編小説に、定年退職で暇を持て余した老人たちがリレー小説を書く……という内容がありまして。どれも、素人っぽい文章が再現されていて、清水先生のパスティーシュ力が発揮されているのですが。その中で、元警察官の書いた調書のような硬い文章が、実は小説としてかなり様になっているというのが、興味深かったです。そう、なにが・どうして・どうなったを簡潔に書ければ、いちおう小説の体はなすのです。

■作話とはコミュ力■

そうなってくると、小説の面白さとは文章力ではなく。キャラクターの魅力や、エピソードやアイディアの秀逸さ、どの順番で 読者に提示していくかの構成力などが、重要になってくるわけです。そして多くの作家は、泉のようにコンコンと湧き出るアイデア力などないですから、先行する作品を数多くこなすことで、自分のキャラクターやアイデアが、類似した凡庸なものであるということを、才能の限界を自覚せざるを得ません。

容疑者が主張する、自作と京アニ作品との類似性は、ただのイチャモンのレベルです。彼が、作品の数をこなす以前の問題として、そもそも作品を理解する能力があったかさえも、疑問です。Twitter で酷い文章を書いている人って基本的に、読解力が低くて、まともに文章を読めていないんですよね。聾唖者は、耳が聞こえないから喋れないのと同じで、まず相手の言ってること、書いてることを理解できない。

コミュニケーション力に問題があるから、テンプレート化したワンパターンな文章や、選択できる語彙が貧弱で小学生のような単純な文章を書く。容疑者も同じでしょう。就職がうまく行かず、隣近所とのコミュニケーションもうまくいかず、作品とのみ一方的なコミュニケーションをすることによって、客観的な判断ができなくなって、自意識だけが肥大化する。永久保貴一先生が大学時代、脚本の講義で講師から、1日に14人以上と会話しなさいと指導されたのは、理由がないわけではないのです。

■夢は大金持ちに?■

小学校を卒業するとき、この容疑者が卒業文集に書いた夢は大金持ち……。何でしょうかね、このフワフワとした夢は。まだしもプロ野球選手とか宇宙飛行士と書いている方が、普通の小学生という感じです。両親が離婚しての父子家庭で、彼自体が貧困の中で金こそ全ての価値観を育んだのか? 金を稼ぐための一発逆転の手段として、小説家がなぜ選択肢になったのか。山本一力先生のエッセイでも読んだのか?

 青葉被告が応募したのは2作品で、いずれも17年に落選している。この日の法廷では、京アニに盗用されたと主張している作品の一部が上映され、その場面について青葉被告が「パクられたと考えざるを得ない」などと説明した。一方、京アニは「自社作品との類似点はない」としている。

同上

裁判ですから、念のために検証しますが。検証するまでもなく、容疑者のただの妄想です。人格的な歪みは感じますが、心神喪失のようなものは感じられません。日本人には英語のLとRの発音の違いが、聞き分けられないタイプが多いですが。容疑者も同様に、自分の書いた小説と、京都アニメーションの数々の傑作の違いが、理解できないのです。違いがわからないからこそ、放火して36人もの命を奪うなどという、暴挙に出られるわけです。

■まとめとオマケを■

たとえ、京都アニメーションが100%盗作していたとしても、法的な手続きを粛々と進めればいいのであって、もう放火するしかないなどと発想が飛躍する時点で、異常者。そういえば、ある布団メーカーに父親のアイデアを盗まれたと、そのメーカーのデパートで売られている布団に針を刺すという、アホな行動をして逮捕された女性がいましたが。その盗まれたというアイデア、首が当たる部分を丸くカットするという、昔からある平凡なものでした。

奇矯な行動に出る人間は、だいたいこんな感じで、思い込みが激しく、客観的な判断ができないです。周囲に相談できるような人間もいなければ、親身になってアドバイスをしてくれるような人もいない。いたとしても自分の思い込みを絶対化し、そういう人間ともコミュニケーションが取れなくなってしまう。容疑者の死刑が確定したら、ぜひ彼の小説を公表して欲しいです。こんな事件を起こした人間がどんな作品を書いたかは、貴重な資料となるでしょう。おそらく、パクリだらけの凡庸な作品でしょうけれど。

ちなみに宝くじ、1等が当たる確率は1000万分の1とか2000万分の1ですが、7等なら10%もあり、全体でも12%弱あります。スクラッチなら、もっと確率が高いです。

著名な小説の賞はデビュー率0.1%前後のようですね。やはり、才能の世界はそんなモノなのでしょう。

『小説家になろう』の作品数90万以上で、デビュー数は2019年8月8日時点で計1092人のなろう書籍化作者が存在しており、デビュー率は文芸誌の章と大差ない、0.12%のようですね。でも、デビューすると、意外と生存率は高いです。

どっとはらい( ´ ▽ ` )ノ


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