【日記2022/9/8】ひったくりの診療所、必田クリニック
・2700字弱
・タイトルダジャレ縛り、苦しい
・取っ散らかり雑記、ここに極まる
・また理由もなく友人宅に18泊ほどしてきたんだけど、帰ってきたら電気止まってて、冷凍庫から終わりの臭いがしてウケたわね。みんなは、ヤバい請求書とか督促状を放置しないようにね。放置した上で長期の外出をしないようにね。冷蔵庫はマジの空にできるならしていくと良いよ。
・スマホの充電がゼロの状態で23時に帰宅して、電気がつかなかったので郵便受けに入ってたやつを街灯の光で読んだら「送電を止めます」って書いてあって、電話番号は書いてあるけど電話はできないし、知人に連絡もできないし調べものもできないしでひとしきり焦ったあと、コンビニで「乾電池でスマホを充電できるやつ」を買って、そこで調べものをすることでことなきを得た。
・「アレしてコレすれば文化的な生活が戻ってくるんだな」という道筋ははっきり脳内に浮かんでいるし、不安要素もないはずなのに、ただただ ”今” 電気が使えないという事実が不安でしょうがなく、銃口をつきつけられたような気分のまま床に就くが、結局寝れなかった。創作ネタがどんどん思いつくのだけど、電気がつかないので電子メモも物理メモもできない。
・翌朝、ぼくから電気を取り上げた諸悪の根源(そんなこと思ってません)に電話して契約しなおした所、マジで驚愕の速さで電気が戻ってきた。
・久しぶりに自分のPCを立ち上げ、お気に入りの音楽を爆音で脳に流し込みながらキーボードで悠々とこの日記を書いている。私にとってWindowsってマジで窓なので、ないと視界がゼロになったあげく窒息してしまう。
・私が仮に昭和時代に飛ばされたら、血液が沸騰したあげくスクランブル交差点の真ん中で膨張して破裂します。
・気になっている
・ニュース
おげ~
・静岡で幼稚園児バス置き去り死亡事故が起きた翌々日に、岐阜で幼稚園バス交通事故が起きているねえ。乱数は偏る。
・餓史シャチの幸、面白かった
ジャンルはアドベンチャーだが、ホラー的でもある。普通のホラーと違い、これは自分がネット上のとあるWEBサイトを巡回しているだけなので、プレイヤーの身に危害は一切加わらない。狂ったWEBサイトを見ると探索せずにはいられないという欲が刺激され、怖いサイトなのにズンズン深みにハマりに行ってしまう。よい芸術作品であった。
・初めて雀荘に行ったときの話。
・あんまり面白くはなかった。店員さんも常連さんも友好的で親切だったのだけど、覚えるべきことが多すぎて娯楽として微妙だった。
・連荘したときに押すボタンがあって、サイコロして、親から数えてどこかしらの所でドラをめくって、配牌して、リーチするときは棒を出して……などという、雀魂では自動でどうにかなってた所を全て手動でやる必要があり、ノイズが多かった。
・あと脳の処理速度よりも展開の方が早くて混乱した。仮に他家が「メンタンピンツモで5200。君は1300ね」と言いながらアガっても、私は符計算に慣れていないのと点数計算を暗記していないのとで、私が「本当にその点数で合っているのか?」を確認しようと思ったら毎回1分ほどかかってしまうので口を挟まず、言われるがままに点棒を出していたけど、何か点数をごまかれていたりしても気づけないのが怖くてずっと気が気でなかったな。初心者特権で「もう少しスローペースでお願いします」と言えばよかった。
・そもそも私は画像処理能力が人より劣っているらしく――視覚障害を持っているわけではなく、単にちょっと不得手であるというだけの話だけど――どこの麻雀牌が何の牌なのか、雀魂では一瞬で識別できるのに、現実の3Dの世界で照明による明暗の影響を受けまくった麻雀牌を識別するのには脳に負荷がかかり、常にCPU稼働率100%の状態で麻雀をしていた。自分の牌を見るのに精いっぱいで、他人の染め手にも気づかなかった。
・友人と雑談をはずませる目的で雀荘に来たのだけど、雑談に使う脳は残っておらず終始無言であった。
・麻雀をプレイするには脳を麻雀用に作り替える必要があり、多くの人は麻雀を娯楽として楽しめないと思う。参入障壁が高いというのもあるが、参入障壁を乗り越えてなお麻雀を楽しめない人間が過半数なのではないかと思っている(なんかそういうデータでもあるんですか?)
・しかし一部の「脳内での意味づけ」が得意なオタクは麻雀をプレイする上でのノイズをものともせず、あそこまで複雑な動作を俊敏に行う能力を持ち合わせ、しかも同じ能力を持った人間が社会に大量にいるのである。人体の神秘である。
・チンイツ麻雀
ソーズしかない麻雀なので、チンイツの練習ができる。何待ちなのかを常に考えていないとすぐにフリテンやチョンボが発生する。相手のCPUはパーフェクトな動きをしてくるのでめちゃめちゃ難しい。
・オタクの定義
・オタクの定義は様々あるが、その定義の一つに「脳内で、報酬系回路を様々なものに結びつけるのが得意な人間がオタクである」というものがあると思う。
・非オタクの人間においては、幸福や達成感が満たされる行為は「食べ物を食べる、よく寝る、友人とじゃれる、何かしらの勝負に勝つ、遠出をする、歌う、体を動かす、性行為をする、家庭を築く」などの本能的な行為であることが多く、金を払って娯楽を嗜む際も、上記のどれかしらであることが多い。
・しかし、直感的に考えて面白くはない行為にも、何らかの意味づけをして面白く感じる能力が人間にはあり、その能力が高い人間ほどオタク度が高いのではないだろうか。
・「キョン&古泉一樹 A4クリアファイル」を見たときに、「ありふれた男子学生の絵だ」と思う状態から「キョンと小泉じゃん、財布開いちゃお~」と思う状態に変化する能力が高いのがオタクである。
・非オタクは「ゲーム上の電子データで好きなキャラを購入しよう」と思ったりはしないが、オタクはする(ソシャゲの課金ガチャの話をしています)。
・私の尊敬している法学教員は証券取引の話が大好きで、講義中、有価証券の話をしている間は、あやうく涎が垂れそうになるほど喜んでいた。この教員は紛うことなくオタクである。
・多くの人間は有価証券の話題で楽しくなったり嬉しくなったりすることはないのだけど、その教員は人生であれこれと勉強するうちに「有価証券とは、なんて合理的で美しくて、社会に必要なものなんだろう」という深い深い意味付けがなされ、報酬系回路と有価証券が直結するまでに至ったのだろう。愛すべきオタクである。
・終わり
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