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ショートショート 8 しつけ 

  しつけ
 こずえは久しぶりに母と買い物に行った。母の仕事の休みとこずえの部活の休みが重なった休日で、二人でお菓子作りをしようということになった。
「何を作ろうかねぇ」
「クッキーとマドレーヌがいい」
「いいわね。それにしましょう」
 こずえはなんか幸せな気分だった。
 
 二人で、それぞれの材料をあれこれ見ていると、遠くで聞こえていた子どものはしゃぐ声が、だんだんと近づいてきた。(ここはお店なのにうるさいなぁ、それに走り回って危ないし、とこずえは思っていた)
「たいき、まさと、走るな」
というおかぁさんらしき人の言葉が、子どもと遠く離れたところから聞こえてくる。
「小麦粉とバター。あら、バターは家にあったかしら」
「多分あると思うけど、少しだと思う」
「じゃぁ、買ってかえろうね」
「ねぇ、おかぁさん。お店走ってるこども、うるさいし危ないよね」
「そうね。いろんな商品があるし、割れるものもあるしね。だいだい走り回るとこでもないし」
(おかぁさんも同じこと思ってたんだ。)
とその時、ゴツンと音がした。母のかごに走り回っていた子どもがぶつかったのだ。
「うっ、いたい」
「あらぁ、大丈夫?ごめんね。」
「おかぁさん、謝ることないよ。走ってる方が悪いんだよ」
「あ~ん」
 泣き出してしまった。その声を聞いて子どもの母親がきた。
「どうしたの、たいき」
「このおばちゃんのかごにぶつかったぁ」
「ちょっとぉ、気をつけてよね」
「は?」
と母は困惑した顔で答えた。
「こちらも不注意だったかもしれませんが、お店を走り回るのはどうかと思いますよ。手をつなぐとか、それが出来ないんだったら、せめて見える範囲にいるように言った方がいいですよ、お店の中だし」
(よく言った、ママ)とこずえは心の中でつぶやいた。
「はぁ、大きなお世話よ。あたしの子どものしつけに口出ししないでくれる! たいき!泣いてないでこっち来な。まさと、まさと。あんたも走っちゃだめよ。このおばさんに怒られるから」
 
「う~ん。どうしたものかしらね」
 母の何ともいえない困惑した顔を見て、さっきまでの楽しい気分も薄れてしまった。何にも言わない方が良かったのかな。そんな思いがこずえの心をよぎった。(他人に𠮟られるから注意したわけじゃないよね、おかぁさんは)

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