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ショートショート 4 遅刻

  遅刻
 裕也は私立の中学に通っている。今年はいよいよ進路を決めなければならない年だった。駅までは自転車で通っている。駅前は狭いので、無料の駐輪場が少し離れたところにある。しかし、面倒くさいし他の人たちも置いているので、ついつい駅前にとめていた。裕也自身、とめてあった自転車にズボンを引っかけ、切れてしまったことがあった。そのときは『こんなところにとめっからだよ』と腹を立てたが、結局自分も同じことをしている。そう思いながら、毎日置いている。
「裕也! 裕也! 起きなさい。遅刻するわよ」
「まずい。いそがねぇと・・・」
朝ごはんも食べずに飛び出して行った。
「あぁーもっとスピードでねぇのかよ」
 イライラしながら駅まで急いだ。遅刻三回で欠席になってしまう。いつもより遅かったので、自転車を置く隙間がなかなか見つけられなかった。もうすでに二回遅刻をしているので『今日遅刻したら欠席1になってしまう』進路にひびくとイライラが増していた。無理やり自転車の前輪だけ突っ込み、駅に向かった。階段を駆け上がっていると
「ガシャーン」
という音が聞こえた。思わず振り向くと、裕也が自転車を止めたあたりで人が転んでいた。『もしかして俺の自転車に?』と思ったとき
「おい、君」
という声が後から聞こえてきた。
「えっ? 俺?」
と言いながら振り返った。
「そう君だよ」
見知らぬ年配の会社員だった。
「君、無理やり自転車を止めただろ、今。よけ切れずに自転車にぶつかって転んだ人がいるよ。たいしたことなかったみたいだけど、他の自転車も数台倒れて、起こしてるよ。謝って手伝ってきなさいよ」
「怪我しなかったんでしょ。俺急いでるから」
「僕も急いでるよ。朝はみんな同じだよ」
「でも、遅刻すると進路に響いちゃう」
 
「え?進路? ふうん・・・」
 
 そうつぶやいて、年配の会社員は階段を降りて行き、自転車を起こす のを手伝っていた。
 裕也はそのまま改札に入って行った。電車の窓から会社員と転んだ人が自転車を起こしている姿が目に飛び込んできた。手伝ってもらっている人がしきりに頭を下げている。

『行くべきだった』結論を出したが遅かった。寝坊したのがいけなかったんだ。そう言い訳していた。しかし、言い訳しながら
「進路?ふうん・・・」
ということばが頭から離れなかった。あの会社員があそこで言葉を切ったのは、問題は時間じゃないと裕也にも分かったからだ。


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