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ショートショート 2 カンニング

   カンニング
 次は数学の単元テストだ。教科書でも見ておくかと啓輔が考えていたとき、
「あのさ、俺昨日勉強してねぇんだ。練習試合行って、帰ってきたの遅かったんだよ」
後ろに座っている弘毅が話しかけてきた。
「まずいよ、弘毅。今日の単元テストかなり成績にひびくって先生言ってたから」
 啓輔は弘毅が気の毒に思えた。弘毅が入っている野球部は、練習量が多い。でも、それなりの結果を出しているので、部員数が多くレギュラーに入るのがたいへんだ。だから、練習を休んだり、早退することはほとんどできない。自分はそれについていけなかったので、中学二年の時にやめてしまった。弘毅は、今も頑張って続けている。自分ができないことを弘毅はやっている。一度くらいいいか。
「弘毅、俺テスト問題少し横にずらして書くから、それ見てわかんないとこ書いちゃいなよ」
「えっ。」
 弘毅は一瞬躊躇(ちゅうちょ)したが、
「わりぃな。」
と答えた。
 弘毅の隣に座っている由紀は、単元テストの勉強をしていたが、二人の会話が聞こえていた。由紀はクラスの男子とあまり話すほうではなかった。『どうしよう。嫌な話聞いちゃった。先生に言った方がいいのかな。』時計を見るとまだ休み時間が五分残っていた。由紀は親友の里美に相談に行った。里美は、誰とでも話せる明るい性格だ。それに里美はスポーツマンの弘毅に好意をもっていることも知っていたし、何か言ってくれるとも思ったからだ。
「里美!ちょっと来て」
 廊下に里美を呼んだ。
「なに? テストの勉強があるのに」
「それなんだけど。弘毅と啓輔がカンニングの相談してるの聞いちゃったの」
「えっ、ほんと?」
 里美は複雑な表情をした。
 里美は、野球部の厳しい練習を、休まずに精一杯頑張っている弘毅を、えらいなと思っていた。また、今、一緒に学級委員をやって、みんなをひっぱていく弘毅に頼もしさを感じていた。
 由紀は里美に結論を求めるような目で
「どうしよう」
とまた繰り返した。
「あたし、弘毅に言ってくる。」
 里美の目に少し涙が浮かんでいた。しかし、もう先生が教室にきてしまった。二人はあわてて席に着いた。
「いいかぁ。今日のテストは定期テストに加えるから、しっかり最後までやるんだぞ」
と先生は念を押してから配り始めた。
「じゃ、始めなさい」
『あぁ。お願いだから弘毅、やめて。』
 由紀は心の中でつぶやいた。カツッカツッと鉛筆の走る音だけが響いている。勉強をしてきた由紀だったが、今日のテストは難しいと思った。ふと頭をあげると、啓輔が弘毅のために脇にそらした答案が由紀にも見えてしまった。ちょうど由紀の分からないところだった。ちらっと弘毅を見ると、先生の目を盗みながら写している。由紀はさっきの先生の言葉を思い出していた。
『定期テストに加えるぞ』
(どうしよう。見えちゃったんだから・・・。うん、見えちゃったんだもん、書いたっていいよね。)心の中でつぶやいていた。
「おい!そこの二人。何してんだ!」
 まだ書いてない。あたし、まだ書いてない。先生を見ると、弘毅と啓輔を見ていた。


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