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連載小説「戊辰鳥 後を濁さず」

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土木業界を離れることとなったため、今までの仕事の経験をもとに初めて小説を書きました。 全85話で完結。約55000字となりました。街から文学が生まれるのではなく、街づくり文学を目…
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#塩害

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第1話

あらすじ 戊辰鳥 後を濁さず ―つちのえたつとり あとをにごさず― 第一部「釜場」 三月十五日(金)  農家であり地主であるトキ家の跡取り娘として生まれた私は、二十歳の時、祖父の養子となり、祖父からボロアパートを一棟譲り受けた。  表向きはトキ家の血を絶やさないためとなっているが、実際は広大な土地を持つ祖父から相続を受けるためである。  医師が祖父に宣告したおおよそ三年後までに私は相続税として多額のキャッシュを用意しなければならない。そのため、ボロアパートを解体し、そ

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第41話

四月二十五日(木)  風のとても強い日だった。そのせいなのかカーブミラーが路上に倒れていた。 「止めてくれ。」と助手席のジンベエザメは言う。  カーブミラーの前で軽トラを停車させると、ジンベエザメはすぐさま降りて路肩にカーブミラーを寄せていた。  ここは、母屋の前の道を緩く下った先の道路で、今は早速、この一ヶ月半手付かずになっていた耕作地の草刈りを手伝ってもらった帰りだ。草は思ったよりも生えておらず、早めの撤収となった。  対向車線にはみ出して通り過ぎてもよかったが、ジ

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第56話

五月九日(木)  今日は、楽しく言えば川沿いのウォーキング。つらく言えば被害状況調査だった。  先日、神奈川県が発表した塩分濃度計測結果とその被害予想は、この通りだ。  その詳細をこれから話すが、おそらく長々となるハズだ。申し訳ない。二日酔いで頭が回っていない。読み飛ばしてしまって構わない。  つまり、トド川とヒツジ川の合流地点から平塚市境までにある畑に影響が出ている可能性がある。  なんだかつらくなってきたが、ジンベエザメからまた覇気を送られても困るので、元気にいこう

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第58話

五月十三日(月)  轟轟とあたり一面、水の流れる音を感じる。  用水の入水時期のイグアナ地区は、どこかひんやりとしている。  私は、この空気が好きだ。  これだけの量の清流があたりを流れるそのエネルギーを感じるし、この空気の張った感じが、身を引き締めてくれる気がする。  これだけの水量だ。塩分なんて洗い流してくれる。 「お! やっぱりトキだ。名前を調べてきたが、やっぱりトキだったんだな!」  クロヒョウだった。昨シーズンの試合前のイベントで見かけて、少し話したぶりだ。