気温35度以上の都市を歩くときに聴く音楽とは?
東京がめでたく6月の最高気温記録を打ち立てた。
6月30日 36.4度。
さらに今日、猛暑日(35度超え)も9日連続(6月25日~7月3日)を達成で、最長記録!
(しかも2015年の8日連続は盛夏の7月31日~8月7日)
実は、個人的には猛暑日は嫌いではない。
こんなことを言うと怒られるかもしれないが、31度や32度の中途半端な暑さよりも、カッ!とした燃えるような暑さが面白い。
面白いと言って不謹慎なら、この異様な暑さを味わっている。
もちろん、日常生活をしていればエアコンの恩恵も受けている。ただ、夏なのに、ずっと冷やした部屋に籠っているだけでは勿体ない。
今日も「暑い暑い」と言っている人がいるが、私も「外は暑そうだな~」と外出を心待ちにしている。
さらに東京なので、アスファルトからの照り返しで両面焼き。
化石燃料由来の濃厚な香りと、自然の暑さでは決して味わえない重層的な熱波。これもまた風情かな。
(アスファルト 漢字で書けば 土瀝青)
さらに、これに加えて、じめじめと湿度が高ければ、最高の日本の夏だ。
無料で天然のサウナに入らせてもらえるんだから。
「35度か~。もう少し温度を上げてくれないかな?」なんて贅沢なことを言ってはいけない。なにせ無料で入らせてもらっているのだから。
ありがたい事です。ここの所、毎日1200円ぐらい、もうかっています。
ちなみに不快指数なんて言葉、誰が決めたのだろう。湿度が高く暑いことを勝手に不快と決めつけないでほしい。(そんな日にスーツを着なくてはいけない習慣があったとしたら私も不快だが。)
さて、今年の夏も期待できる異様な暑さ。外出の時はBGMが欠かせない。
気温は高くて良いのだが、精神世界はクールに行きたいものだ。
透徹とした意識で、燃えるような夏を味わいたい。
何を聴くかというと、実は心の気温を下げてくれる音楽がある。
一昨年から猛暑日の外出時のBGMはティム・ヘッカー。音楽というか音響と言った方が良いのだろうが、ノイズミュージックやアンビエントといったジャンルの中ではメロディやハーモニーが明確でかなり音楽的な部類だ。
35度を超えた場合の屋外ではTim Heckerを聴く。
30度を超える程度の通常の夏ならマーティン・デニーのエキゾチックミュージックやインドネシアのガムランで南国情緒に浸るのが良い。
が、35度を超えると本場の常夏の島々よりも暑いので、リゾート気分どころではない。
35度を超えたら、カル・ジェイダーの水しぶきのようなヴィブラフォンの音色も、焼け石に水。
アルヴォ・ペルトを聞いて、冷ややかなバルト海に思いを馳せようとしても、外界との温度差がありすぎて風景が見えてこない。
それでは熱されたヒートアイランドにふさわしい音は何なのか?
それがティム・ヘッカー。
ひたすら不穏で美しい。荒涼とした中に、佇んでいる、という表現が似合う。
聴くだけで心の中はマイナス3度。
シャリシャリとした触感の無機質なノイズとシンセは、コンクリートジャングルにそよぐ風か、せせらぎか。
ジャンルとしてはアンビエント(本人は「アンビエントやドローンとしてとらえられるなら私の意図は失敗だ」と言っているらしい)。
聴きどころは、流れる滝のような美しいノイズ音。
だいたいノイズ系は、ホワイトハウスもメルツバウも密室的な暑さで、ライブハウスの熱気を感じるには良いが、青い空と白い雲には合わない。
同じノイズでも、インダストリアルなスロッビング・グリスルやSPKは機械的なひんやりとした感じはあるのだが、何か考え込んでしまうような聞き応えがあり、散歩のBGMには向かない。
アンビエント系は、熱帯夜を涼しくしてくれるようなクールなものなら、沢山あるのだが、照りつく太陽の下での散歩に相応しいものは意外に少ない。例えば、GASのオーガニックな作品群はどれも(ジャケットも含め)森林浴をするような清々しさはあるが、永遠を感じさせる世界観なだけに、焦熱地獄を闊歩する際のBGMには少々酷だ。
Tim Heckerは、クールで清々しいだけではない。
むしろ、昼間の都市の熱気と同一化し、そのカタルシスとして、温度が下がっていくような効果がある。
それにアンビエントにありがちな長尺の曲も少なく、一聴するとミニマルなメロディやハーモニーが、しっかりと歩みを進めどこか別の場所に連れてってくれる。
さて、ティムヘッカーの中で最も好きなのは『Virgins』だ。美しいピアノなどの楽音と抽象的な雑音のバランスが良く、躍動的だ。 また、最も聴きやすく音楽的なのは、声を多重に絡めた曲が冴える『Love Streams』だろうし、パイプオルガンのような荘厳さと映像を感じさせるのは『An Imaginary Country』だ。
しかし、猛暑日の都市にぴったりなのは『Harmony In Ultraviolet』だろう。(タイトルも、さんさんと降る紫外線を浴びながら聴くにはぴったりではないか。)
Tim Hecker『Harmony In Ultraviolet』(2006)
これを聴くと、怪談を聞いているかのようにサーっと気温が下がっていく。マイナス5度くらいは下がる。
いや、気温はもちろん変わらないのだが、視界の色が変わる。
アスファルトのくすんだ鼠色も、抜けるような蒼天も、近くにありながら遠ざかっていくような効果がある。
やや感傷的な一曲目RainbowBlood、無機物ばかりの冥府に入り込んだかのような二曲目StagsAircraftKingsAndSecrataries、自分がさまよう亡霊になったかの不穏さをたたえたChimeras、熱界に適応するため、迷宮を歩く者の鼓動を早めてくれるDungeoneering、熱風渦巻くノイズとクールなハーモニーが同居するSpringHeeledJackFilesTonighit、そして静謐な蒼の世界HarmonyInBlueと、どんどん曲が展開していく。
涼しさを演出するだけでなく、現実の猛暑を体現するかのような厳しさもあり、それがひんやりとした無機質なハーモニーと同居しているのが素晴らしい。
エアコンを使って排熱ばかり増やさないで、ここはエコに、TimHeckerでも聴いて猛暑日のウォーキングを楽しみたい。
付記
もちろん日頃からノイズやアンビエント、ミニマルといった抽象的なジャンルに触れていない人には『Harmony In Ultraviolet』はお薦め出来ない。意味不明だろう。ティムヘッカーの中では、『Love Streams』の方が聴きやすいかもしれない。
音楽的な音で心の気温を下げたいのなら、世界で最も美しいレコードの一つ、 PopolVuhの『HosiannaMantra』を聴いて、魂を天上に引き上げよう。
天使の歌声と、ピアノの残響、この世のものと思えないギターが、どのような現実からも引き離してくれる奇跡の一枚。
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