【読書録】「その謎を解いてはいけない」大滝瓶太

物語の感想を話すのは暴力的で快楽的で恐ろしい行為だ。
なぜ、評論じみた真似をするのか、と問われればその味を忘れられないからだ。黒歴史もまた、暴力的で快楽的で忘れ難い、そして忘れ去りたい殺人事件のようなものである。

【紹介】

「その謎を解いてはいけない」https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784408538341

大滝 瓶太 (オオタキビンタ) (著/文)
1986年生まれ兵庫県淡路市出身。
「青は藍より藍より青」で第1回阿波しらさぎ文学賞を受賞。
樋口恭介編『異常論文』(早川書房)に短編小説「ザムザの羽」で参加。
SFマガジンをはじめとした文芸誌各紙に精力的に小説を発表しているほか、ユキミ・オガワ作品「町の果て」(バゴプラ)、「煙のように、光のように」(早稲田文学)など小説の翻訳も手掛ける。
本書は初のミステリー作品にして、単著デビュー作。

「その謎を解いてはいけない」/著者プロフィール

【書評】

プロフの通り、「その謎を解いてはいけない」は、阿波しらさぎ文学賞を受賞し、異常論文SFを執筆した著者、大滝瓶太の初単著にして、初ミステリである。
「Another」綾辻行人、「Medium」相沢沙呼、「屍人荘の殺人」今村昌弘の表紙を担当している人気イラストレーター遠田志帆を起用し、虹彩異色オッドアイの探偵助手小鳥遊・・・唯が表紙を飾る。
頁を捲れば、エラリー・クイーンの一文を引用したのち、始まるの第一章は「蛇怨館の殺人」である。

さて、ここまで聞けば察しの良い探偵小説読書人ミステリフリークの諸氏はお気づきだろう。この作品は、おそらく、館シリーズフォロワーによる、特殊設定ミステリ作品であろうと。まして、エラリー・クイーンを引いているのだから、よほどの自信と見える、と。
しかしまあ、その期待はあっさりと裏切られる。

ミステリとは、ジャンル小説の一つであり、その中でも探偵小説はその王道、方程式化された物語の頂上である。
故に、作法を解していれば、どの様な中身であれ、ミステリの体を為す。

著者は徹底的に、ミステリの形式を分析・分解し、バラバラにした欠片ピースを、物語の型式に当て嵌めていく。
ミステリの形式は遵守しながら、その内側ではやりたい放題である。探偵小説を記号化し、記号に当て嵌まるものの中で、違和感なく当て嵌まる異和を敷き詰める。

誰が読んでも探偵小説であるが、その実、探偵小説とははたして何なのか?・・・・・・・・・・・・・・ということを読者に訴えかける仕組みをもっている。

その最たる例が、本著の探偵役、「黒歴史探偵」暗黒院真実(本名・田中友治)である。暗黒院は探偵であり、探偵的解説を披露するにも関わらず、その開陳される内容は、人物たちの黒歴史の数々である。探偵助手ツッコミ役の小鳥遊が事件と何にも関係ないじゃないか!とツッコミを入れるところまでが様式美。偉ぶった刑事が誤った推理をし、賢い探偵が真実を明かす。その構造をそのままに、黒歴史をお披露目し、登場人物たちを苦しめていく。酷すぎる!と人物たちが暗黒院を責め立てる様は、何て酷いことを!と真犯人を責め立てるギャラリーのようである。まさに、ミステリの構造を弄ぶ技巧的行為である。

もしも、これを手に取ったお前・・が純真で無垢な読者であれば、常に梯子を外され続けることになり、ミステリの展開を進めようものなら邪魔が入ることに憤るかもしれない。
しかし、これはミステリを楽しむ小説に在らず、探偵小説を愉しむ小説である。

幾百の探偵小説という被検体から生み出された、悪辣で敏腕な外科医の手による合成獣キメラ。それこそが、「その謎を解いてはいけない」の正体だ。

本著は、著者による初単著でありながら、章立てから挑戦状まで、古今東西、新旧問わず、著者が解したミステリのパスティーシュであり、その継ぎ接ぎ具合は、この小説の出版、装丁の段階から始まっていると言っても良い。

仮に、大暮維人の表紙イラストで、メフィスト賞受賞作であれば、誰もが納得する習作に読めたのではないだろうか。

けれど、この本が実業之日本社から発売され、遠田志帆のイラストで発売されたことで、帯のとおりの最終兵器と成った。

探偵小説とは何か?探偵の役割とは?現代における探偵の意味は?
そんな野暮なことはいうな、という人もいるだろう。
ただ、この謎こそ、現代の探偵小説読者に、著者から与えられた挑戦状だと読むこともできる。
かつて、笠井潔や法月綸太郎がミステリ評論を行なったものとは異なる方程式で、本著はミステリの真髄に読者を誘うものでもあるのではないか。

ここまでやり口が破天荒であるにも関わらず、ミステリの形式を崩さず、愛らしいキャラクターたちとスイートな結末を読者にプレゼントしてくれる。
形式だけは絶対に外さない。その誠実さが素晴らしい。
だからこそ私は探偵小説の名作の多くに存在する、「続編」を期待してしまう。

【独白】

ジャンル小説として、SFとミステリの差異のひとつは、先人との向き合い方である。科学者が先人たちの肩の上に立つように、SFも先人の上に立って物語を生み出す。アイデアの再利用、変換は寧ろ推奨される、されて当然というところがある。一方で、ミステリでは、近年は変わってきている様に感じるが、先人の技巧を避けるように、研ぎ澄ました技を提示する文化がある。もちろん、ジャンルとしての形式はある、ただしその中で、独自の秘伝を魅せる必要がある。TK氏が言われたように、それこそが楽しみなのである。

そういった文化の違いを打破できるか、行く末(Amazonレビュー欄)を見守りたいところであります。

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