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壁を無くしていくこと

ネットにあがっていた、サトミツさんこと佐藤満春さんのロングインタビュー記事を読んだ。
オードリーのオールナイトニッポンで、度々出てくるお名前で、オードリーのYouTubeでも肩書きが『構成作家』との表示があり、なんとなくサトミツさんの雰囲気からも、ラジオ番組を裏方としてずっと作られてる方なのかな〜と認識していた。
そして今日なぜか、『サトミツ』という何だか口に出したくなるような響きが頭から離れず、じゃあ、と思いGoogle検索してみたところ、そのロングインタビュー記事に出会った。
そうしたら、あれよあれよと今までの印象が良い意味で壊された。

もともとサトミツさんは芸人をされていて、オードリーのオールナイトニッポンを見学したことがきっかけで『構成作家』の道を歩まれることになったということにまずびっくりした。
また、掃除についても詳しいそう。そういえば!今日の朝情報番組で梅雨のカビ対策について解説されてたことが頭の中でビビッと繋がった。(だから頭からお名前が離れなかったのか…?)
ロングインタビュー記事には将来の展望についても記載されていたが、世間体や、それにより作られている壁やしがらみを、豊かな想像力と『好き』な気持ちで、そんなもの無いように縦横無尽に闊歩されているような印象を受けた。(もちろん色んな大変なこともあられただろうし、わたしの勝手な想像でしかないのだけれど)

いまのわたしに、とても響いた。
わたしは看護師という肩書きで何年間か仕事をしてきたけれど、もともと好きなこと、憧れていたことは看護師以外にもある。
むしろ、看護師になりたい!と思ったことは今まで一回もなかった。(国試に受からなきゃ!落ちれない!はあったけれど)
幼少の頃のわたしは、本の世界に生きるメルヘンな子供で、暇さえあれば読書をしていた。友達から、『そういうの本の虫って言うらしいよ。』と言われたのは、虫というワードがショックだったのか、なんか酷いことを言われた気がして忘れられずにいるが、今になればアイデンティティを与えてくれた言葉のような気もするし気に入っている。笑
そんな読書好きの子供だったわたしは、国語の先生にもなりたかったし、編集者にも憧れた。
また、動物という動物が大好きだったわたしは、動物園のふれあい広場でモルモットにしょんべん攻撃を受けた時もニコニコしていた子供だったため、動物園の飼育員さんにも、盲導犬訓練士にも、獣医さんにも憧れた。
ただ、いつしか、いつのまにか、こうあるべき、これが1番安全な生き方、という謎の『べき思考』のもと歩んだ先に、気づいたら看護師になっていた。
看護師に憧れたことはなかったものの、やってみると想像だにしなかった面白さやその奥深さに気がつき、気づいたら4年間看護師として働いていた。また、これからも当面は看護師という肩書きのもと社会では生きていくことになりそうだ。
でも、なにかがずっと引っかかっている。何か忘れているような、取りこぼしているような感覚が消えない。

わたしの人生、壁を自分で作っていない?

看護師は好きだけれど、もっと何かできる気がする。看護師を含め、自分の『好き』や興味に忠実に、向かっていった先に、何となく色んな意味で妥協してしまっている現状を壊せるものがあるんじゃないだろうか。

サトミツさんはロングインタビューの最後に、『無個性だと言われた僕がいろいろなものを諦めた先に見えたのが、個性のような形をしたそれらしきもの。それを今後も大事にしたいと思います。』とおっしゃっていた。

そういえば、わたしが昔進路を決める時に、無個性な自分に勝手に落ち込んで、だったら、と自分に価値をつけたいという気持ちもあり、看護師という国家資格を選んだ記憶がある。(それだけではないけれど)

先日参加した読書会で、
『個性を失うことなどをおそれるな。
第一に個性などなくてもいいし
第二にそれでも個性というものは、
否応なくあなたについてまわるからだ。』
という真木悠介さんの詩を紹介いただいた。

高校くらいの頃『個性的』なことがなんだかカッコ良い気がして、自分も何者かになりたいとちょっと無理して『キャラ』とか意識していた時期があった。さすがに今は『キャラ』とかには囚われることなく生きられるようになり、ちょっと自由にはなったけれど、個性が輝いているようにみえる人を前にすると、とても憧れる。
でも、だからといって、『個性』をつけよう、と努力をするものでもないと思うし、きっと高校の頃みたいにちょっと自分に無理が生まれてしまう。
『個性』というものは、自分でどうこう操作できるものではなく、『好き』を夢中になって追いかけている、それ自体のことなのではないか。どんなものを『好き』になって人生を選択していくのか、その過程自体のことをいうのかもしれない。

『個性』というしがらみや、社会的な価値観みたいなもので作り上げた壁を消し去った世界は、どんな風にみえるんだろう。
自分自身を良い意味で諦めて、歩んでいきたい。

引用ロングインタビュー記事
https://qjweb.jp/feature/22918/

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