見出し画像

食事の意義とは? グリニャンコ

突然のご報告になりますが、コロナ禍の中で私は鬱に悩まされていました。と言っても今では笑い話にしているくらいなので、軽い気持ちで読んで貰えると嬉しいです!

 さて、鬱になっていた僕ですが、布団から出る気もなく、ご飯も冷凍の食パンを解凍してそのまま食すのみ、つまるところ何にも無気力な生活を送っていました。

 また、その生活の中で食事を一種の流れ作業の様に捉えている自分がおり、テレビを見ながら、音楽を聴きながら、仕事をしながら適当に食事をしていました。そんなある日、ふと「食事ってなんの為に行うのか?栄養摂取だけの目的ならサプリメントでも良いのではないか?」と思い至りました。

 
 改めて食事をする意義について考えてみた時、何が真っ先に思い浮かぶでしょうか?鬱になっている期間に痛切に感じたのですが、僕は食事というものは「心のチューニング」という役割も果たしていると考えます。美味しいものを美味しいと感じるという状態は決して当たり前では無いのです。実際に鬱になっている時に何事にも無気力な生活を送っていた僕ですが、食生活が疎かになる原因はいわゆるどんなご飯を食べても味が感じられない、美味しいと思わない状態が続いたことだったりもします。

 私の場合は鬱で食事を楽しめない状態が続きましたが、単に鬱である時に限らず、急いで食事を行っている時、失恋など感情が揺れ動いている時などの様々な場面で食事を美味しいと感じることが出来ない状態になる事はあるのでは無いでしょうか?

少し話は脱線しますが、となると食事に関する様々なマナーにある程度の理由付けをすることが出来るのでは無いでしょうか?つまり、食事前の「いただきます」は食材への感謝を伝えると同時に食事に向かうための一つの儀式、テーブルマナーも食事に没頭するための儀式と考える事が出来ます。


 心が豊かである時に料理から様々な事を感じられるのと逆に、料理から様々な事を感じ取ろうとする事で心が落ち着き豊かになる、そういう風に豊かな人生へと導いてくれるのが食事の意義であり魅力では無いでしょうか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?