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「オーバーオール」と「ファーストルック」

スタジオとタレントのあいだの同盟関係。その現状について解説した以前のコラムを踏まえて、少し具体的な話を。(掲載:第242号 2019/03/25)


ハリウッドのスタジオは、「有用なタレント」と見なしたアーティストとは「企画開発契約」を結んで囲い込みを試みる。その方法には、大きくわけて2種類の枠組みがある。

ひとつは双方の関係が独占的な包括契約で、「オーバーオール契約」と呼ばれる。もうひとつは関係性が非独占・部分的な契約で、これは「ファーストルック契約」という。

両契約形式の特徴を、下記の文献の該当部分を下地にしつつ、洗い出していこう。前回も紹介した有益な資料だ。


独占的企画開発契約(=オーバーオール契約)

スタジオは「タレント」あるいは彼らが抱える「プロダクション」に一定の契約金を支払う代わりに、「タレント」の企画を独占的に取り扱う。オーバーオール契約は、スタジオと「タレント」が結ぶ、数年にまたがる協力関係の取り決めだ。

スタジオがオーバーオール契約を結ぶ「タレント」は、ハリウッドでもよほどトップクラスのクリエイターか、あるいは該当するスタジオと長い協業歴や成功体験があるなど、すでに緊密な関係にあるクリエイターであることが多い。

条件は様々だが、才能とポテンシャルに対して先行投資をするほどの「タレント」でなければ、オーバーオール契約は結ばれない。

オーバーオール契約の対象となる「タレント」にはいくつかのタイプがある:

1. 脚本とプロデュースを兼務できる「ライター・プロデューサー」タイプ
2. 脚本業を兼務しない純粋な「非ライター・プロデューサー」タイプ
3. 監督業専門の「ディレクター」タイプ
4. 純粋な脚本家である「ライター」タイプ
5. その他。スター俳優などの「出演・プロデューサー」タイプも。

なかでも、1.「ライター・プロデューサー」タイプの契約件数が、ハリウッドではもっとも多い。企画を提案するだけでなく、脚本へと落とし込むことができる人材こそ、プロジェクト成立・成功の最短ルートだからだ。これはテレビ業界ではなおさら際立った傾向にある。

なお各タイプごとに、スタジオから期待されている働き方は異なる。

1. は企画成立時に脚本を要求されるため、ある程度「量よりも質」な開発が基調だ。2. は企画開発に「数」を求められる。1. と違って「パッケージング能力(各作品、いかに有力なチームを形成するか)」のみを問われているからだ。

3. は当然、監督業でスタジオに貢献することが条件。4. は、特に長寿番組などのスタッフ・ライターを手放さないための契約であるケースが多い。そして、5. はトム・クルーズのような人材だと言えば直感的にわかるだろう。

いずれにせよ、オーバーオール契約は「一芸に秀でている」のが必要条件で、「兼務」可能な人材であることが十分条件だといえる。


主要条件項目

「タレント」のスキルは千差万別。だからこそ、具体的な契約条件にも様々な変数がある。大きく分けて、5つの項目を上げておこう。

・契約期間......通例は3年から5年の契約。いわゆる「2 + 1(ツー・プラス・ワン)」と呼ばれる、「2年間の確約に加え、3年目への延長オプションがつく」といった形式であることが多いが、より長期にわたる契約条件もある。

・ギャラ......これにはいくつかのポイントがある。まず (i) ギャラの総額。次に (ii) 作品単位でのギャラ相殺の可否。最後に、 (iii) 契約年単位でのギャラ相殺の可否。要するに、先行投資分で払ったギャラを「タレント」との企画の成立を通して回収したいスタジオに対して、「タレント」はつねに真水で収入を獲得したい、というせめぎ合いがあるわけだ。上記は会計方法をどう仕切るかによって、契約締結のメリットとデメリットを秤にかけるための主要ポイントとなる。

なお、ギャラ総額は 4.タイプの中級者で年30万ドル(およそ年3,000万円)くらいから、1. タイプの上級者で年400万ドル(およそ年4億円)までさまざま。 1. タイプのトップレベルとなると、年1000万ドル(およそ年10億円)を軽く上回るケースもある。

・諸経費の負担......スタジオ内でのオフィス・スペースの提供や、企画開発をサポートする人員(エグゼクティブや、アシスタントなど)を雇う費用についての条件づけ。これらをスタジオが肩代わりしたり、書類上での手続きを代行したりするか否か、などが検討される。

・スタジオ側からの開発依頼の可否......「タレント」の企画を受け付けるだけでなく、スタジオが「タレント」側に作品をあてがう権利を持つか否か。

・その他の詳細条件......事前に定められるロイヤリティ、成功報酬、予備費、クレジットや役職の確約など。役職などについては契約時と実際の企画成立時とで変わるケースも多いため、期間中に再定義がなされる場合もある。


非独占的企画開発契約(=ファーストルック契約)

さて、包括的なオーバーオール契約とくらべて、ファーストルック契約の違いは以下の4点だ。

・非独占的な関係......オーバーオール契約では、タレントが提案した企画にスタジオが関心を示さなかった場合、その企画は契約終了まで塩漬けになる。対してファーストルック契約は、締結相手のスタジオへの「ファーストルック(一番手に提案すること)」さえ遵守すれば、契約期間中もよそのスタジオに同じ企画を売り込むことが許される。

・低いギャラ......両社の関係が独占的ではないことから、ファーストルック契約のギャラ総額はオーバーオール契約とくらべて明確に低い。

・かけ捨て型が主流......このため、スタジオは多くの場合、企画の成立を通して先行投資分を回収しようという意識が低い。結果、金額こそ少ないが、ファーストルック契約はオーバーオール契約よりも「タレント」側への実入りの割合が高い。

・条件設定が細かい......ファーストルック契約は「かけ捨て型」とはいえ、スタジオが「タレント」に対して契約金を支払っているにも関わらず、そのリソースが他社企画となって具体化してしまう危険性がある。また「タレント」が契約期間中に他社の企画を引き受けたり、より重視するなどの事態が起きる可能性も、大いにありうる。こうした状況を避けるため、各スタジオは「タレント」が取れる行動を細かく規定するなどの措置をとるのが通例だ。


常識の再確認

以上、「オーバーオール契約」と「ファーストルック契約」の違いについて、前述の文献を翻訳・要約した。学ぶべきポイントは数点あげられる。

しかし覚えておくべき一番のポイントは、ここに上げた契約形式にこそ「ハリウッドは、いかにしてクリエイティブを確保しているのか」という質問に対する、ハリウッドの構造的な答えが用意されていること。

すなわち、才能の対価は高いだけではない。「前払い制」なのだ、ということだ。


著者/初出

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【2019.04 大幅にパワーアップ!】2013年創刊、日米の最前線で「中の人」として活動する若手プロデューサー3名による、現場目線からハリウッドそしてメディアの未来を読み解くための週刊マガジン。映画レビューから業界の内情まで、縦横無尽に語ります。
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