ジョルジュ・シムノン『メグレと若い女の死』
シムノン先生、今回はいつもとはちょっと趣向を変えて、メグレVSロニョンと来たもんだ。
これは面白い!メグレとロニョンの捜査合戦。
たそがれ刑事ロニョンの姿がやけに印象に残る。
「たそがれ界」のスター、ロニョン刑事ここにあり!/
【ロニョン警部はロシュフーコー通りの歩道の脇で待っていた。背中を丸めたその姿は遠目にも打ちひしがれ、まるで運命の重みがずっしりと肩にのしかかっているかのようだった。一年中着ているグレーのスーツはよれよれで、アイロンなどかけたこともないのだろう。そのうえから同じグレーのコートをはおり、茶色いおかしな帽子をかぶっている。彼がその朝、むっつりとした顔つきだったのは、なにも徹夜明けだったからでも、鼻かぜ気味だったからでもない。彼はいつだってそんな顔をしているし、起き抜けでもこんな悲しげな表情を見せていることだろう。】/
【ロニョンが警視を待っているようすは、とても警察官に見えなかっただろう。むしろ自首をしに来た犯人のようだ。それほど彼は暗く、陰鬱だった。しかも今回は、本当に風邪をひいているらしい。声はしゃがれて、しょっちゅうポケットからハンカチを取り出している。それでも彼は泣き言を言うまいと、あきらめきった顔をしていた。これまでずっと苦しみ続けてきた男、残りの人生も苦しみ続ける男の顔を。】/
【ロニョンがなんの指示もなしに外をうろつきまわっていると知って、にわかに不安になってきた。ナイトクラブを調べたり、タクシー運転手にたずねたりする必要は、もうないはずだ。(略)
なのにロニョンは一晩じゅう、追跡を続けている。なんらかの手がかりを見つけたということか?
メグレは同僚を妬んだりする男ではない。ましてや、部下の刑事たちならなおさらだ。(略)
なのに今は、むしょうに腹がたった。というのも夢で見たチェスの試合と同じように、ロニョンがひとりで事件に立ちむかっているからだ。メグレには、司法警察局が組織がかりでついている。いざとなれば機動隊はもちろん、警察機構全体に頼ることができるのに。】/
おいおい、肝心の「若い女」はどうなったんだよ?というお叱りの声が聞こえてきそうですが、今回はロニョン刑事の方があんまり生き生きと描かれていたので(そりゃそうだろ、「若い女」は最初から死んでるんだから!)、すっかり忘れてしまいました。
マリー・ローランサンも言ってたじゃありませんか、
死んだ女より もっと哀れなのは 忘れられた「男」ですって。
ということで、「若い女」についてもっとお知りになりたい方は、本書をお読みになるか、あるいは、パトリス・ルコント監督の同名映画をご覧ください。