ブライアン・ヘア、ヴァネッサ・ウッズ『ヒトは〈家畜化〉して進化した』

極めて刺激的な本だ。現代の様々な社会問題に対して、多くの興味深い示唆を与えてくれる本だ。
前半のインパクトに比べて、解決策を述べた後半がやや尻すぼみになってしまったのが残念だ。たぶん、特効薬などなく、日々の地道な努力しか方法はないということなのだろうが。/


ダーウィンは、「最も共感的な個体を最も多く有する集団が最も栄え、より多くの子どもをあとに残したに違いない」(『人間の由来』)と書いている。
賢くなるだけでは不十分で、他者と協力してコミュニケーションする能力がなければ、技術革新はもたらされない。
こうした友好性は自己家畜化によって進化した。
自然淘汰で生じた家畜化※を「自己家畜化」と呼ぶ。
ヒトは自己家畜化によって友好的な性質という強みを獲得したからこそ、ほかの人類が絶滅するなかで繁栄することができた。
これまでにこの性質の存在を確認できたのは、ヒト、イヌ、ボノボだ。/

※家畜化:何世代にもわたる家畜化によって知能が低下すると考えられていたが、実際はそうではなく、友好性が高まる。家畜化すると、顔の形や歯の大きさ、体や毛の色が変わるなどの外形的変化が起きるほか、繁殖周期などが変わる。
また、家畜化によって、その動物が他と協力する能力や、コミュニケーション能力が高まる。/

人間(ホモ・サピエンス)は友好的になるにつれて、ネアンデルタール人のような十人程度の小集団での生活から、百人以上の大きな集団での暮らしに移行することができた。より大きな集団で仲間との連携を深めることによって、他の人類を打ち負かすことができた。他者を思いやることのできる人間は、複雑な形の協力やコミュニケーションができるようになり、文化的能力が発達し、新たな手法や技術を生み出し、共有できた。/

だが、人間の友好性には負の側面もある。
自分の愛する集団が他の社会集団に脅かされていると感じると、人間はその集団を非人間化するようになる。共感や思いやりは消え去り、脅威をもたらすよそ者に共感できなくなると、彼らを同じ人間だと思えなくなり、極悪非道な行為すら可能になる。
人間は地球上で最も寛容であると同時に、最も残酷な種でもある。/

チンパンジーには人間の特徴の全てがある。聡明な知能も、極悪非道な行為も。優しさを見せたかと思ったら、すぐに殺人鬼に変わる。
人間に近い大型類人猿のなかで、ボノボだけが他者を殺すことがない。それは、人間でさえ成し遂げていない偉業だ。/

ボノボ以外の大型類人猿は、見知らぬ者だという理由で、他者を恐れ、攻撃する。ボノボ以外は皆見知らぬ者を殺す。
ヒトは集団アイデンティティに基づいて見知らぬ者を定める。自分が属する集団に愛着をもっているがゆえに、異なるアイデンティティ集団に属する見知らぬ人には、恐怖や攻撃的な感情がより強くなる。
狩猟採集民の男は自分の集団を守るために、よそ者に先制攻撃を仕掛ける。
「ジェノサイド」という言葉は戦後生まれたものだが、古代にもカルタゴ、ペルシャ、アッシリア、イスラエル、エジプト、極東などでジェノサイドに相当する暴力行為の記録が残っている。
過去二百年間にも大規模なジェノサイドが何度も起きている。/

社会心理学者クテイリーによれば、一つの集団が他集団を非人間化する原因で多いのは、「彼らが自分たちを人間扱いしていない」と気づくことであり、これは「相互の非人間化」と呼ばれる。
アメリカの司法制度における黒人の処遇に関するゴフの研究によれば、人物や人々の集団を「猿化」(非人間化)すると、道徳を無視できたり、彼らの人権を否定できるようになるという。/

よそ者を非人間化するというヒトの性質は、自分と同じ集団に属している人々に対して感じる親愛の情の副産物だ。
自分と似ていない誰かに脅威を感じたとき、ヒトはその者を自分の心のネットワークから除外する。思いやりやコミュニケーションをもたらすメカニズムが機能しなくなると、ヒトはぞっとするような残虐性を示す。
大きな集団同士が互いに偏見を表明すると、相互の非人間化が急速に進行する。/

この問題の解決策の一つとしての「人間の品種改良」は、優生学に行き着く。
二〇世紀初め、優生学はあらゆる問題を解決できる最先端科学とされ、それは、断種(不妊手術)や無期限の監禁によって子どもを作らせないという形で具現化した。
対象になったのは、犯罪者、精神障害、「精神薄弱」と呼ばれる人々(誰とでも寝る女性、貧しい人々、黒人、私生児、シングルマザーなど)だ。
この辺りの記述は、どうしてもユッシ・エーズラ・オールスンの『特捜部Q ―カルテ番号64― 』を想起させる。
アメリカの断種計画は世界中の手本とされ、優生学会が四〇カ国で創設され、デンマーク、ノルウェー、フィンランド、スウェーデン、日本などで断種を求める法律が可決された。ナチスもアメリカの断種計画を範とした。/


民主主義は独裁者に容易に屈することがある。民主主義が過剰になると、不寛容を助長することがある。
【プラトンは『国家』にこう書いている。
「自由が最大限に達すると、残酷をきわめる奴隷制がはびこる」ことになり、独裁者が生まれる。独裁者は「第一にさまざまな紛争を巻き起こすことを考える。そういう状況になると、民衆が指導者を必要とするからだ」。】/

【ナチスの指導者の一人だったゲーリングは、(略)こう言った。「国民をリーダーの言いなりにさせることなど、いつでもできる。簡単だ。国民に向かって、われわれは攻撃されていると伝え、平和主義者は愛国心に欠けており、国を危険にさらしていると非難すればいいだけだ。どの国でも通用する」】/

集団間の争いを確実に減らせるのは接触だけだということが、研究によって明らかになった。争いを静めるための最善の方法は、集団間に脅威が存在するという感覚を小さくすることだ。まず接触するという形で行動を変えることが、態度の変化につながる。/

人を動物や機械になぞらえたり、「ごみ」「寄生虫」などといった嫌悪感を催させる言葉で他者を形容したりするのは、ヘイトスピーチのなかでも最も危険な行為なのだ。
この部分は、プーチン憎さからプーチンを「獣道家」と呼び、ついにはロシア人自体をも憎み始めていた僕にも、いろいろと思うところがあった。/

国内に数多くの少数民族を有する国家(旧ソ連、ロシア、中国)や、多様なルーツを持つ国民からなる移民国家(アメリカ)は、常に国民の統合に問題を抱えている。
これらの国の指導者は、それを解決するために、しばしばヒットラーの方法を採用する。
彼らは、敵を、彼らの「ユダヤ人」を探し出すのだ。
富農を、ナチス化したウクライナ人を、走資派、反革命集団を、共産主義者を敵に仕立てて、彼らを駆逐する。
統合のためには敵が必要なのだ。
そして、更に敵を敵たらしめるべく戦争が必要とされる。

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