『ナボコフ=ウィルソン往復書簡集 1940‐1971』
twitterで「ウラジーミル・ナボコフ」(bot)さんが、
【歳を取れば取るほど確信を持つようになったが、文学でただ一つ大切なことは、書物の(多かれ少なかれ非理性的な)シャーマニズムだ。すなわち、良い作家とは何よりもまず魔術師でなくてはならないということだ。─『ナボコフ=ウィルソン往復書簡集 1940-1971』】
とあげているのを見て、これは面白そうだと思い手に取った。
ロシア詩の韻律に関するやりとりなど、全く理解できない部分もあったが、二人の歯にきぬを着せぬやり取り(日本人にはおよそ考えられないほどの率直さ)は、スリル満点で、かつ、内容も濃い。
書簡集は初めて読んだが、思わぬ大当たりだった。/
エドマンド・ウィルソンは、1895年生まれのアメリカの文芸批評家、作家。(ナボコフは1899年生まれ。)
彼は、ナボコフが1940年に渡米した後、編集者や大学に口を利いてやったり、出版社との交渉のイロハを教えたり、ナボコフの作品の文法上の誤りを指摘したりと、なにくれとなく世話をした。
また、彼はロシア語も堪能で、ロシア文学にも造詣が深かったので、ナボコフの良き理解者として、四半世紀にわたって交流を深めたが、1965年、ナボコフが翻訳したプーシキンの『エヴゲーニイ・オネーギン』に対して、極めて批判的な書評をしたことによって、不和に至った。/
不和の直接的な原因は上記のようなものだとしても、書簡のやりとりをみても、ロシア革命に対するスタンスの違い(ウィルソンは肯定的、ナボコフは否定的)や、文学上の嗜好の違いなどから、遅かれ早かれこうなることは予想されたような気がする。
やはり、ブルデューが言うように、趣味とは闘争なのかも知れない。
ましてや、名のある文学者二人の間においては。/
【一緒に送る「フィアルタの春」は、《ハーパーズ》誌に言わせれば「微妙で、喚起的で、美しく書かれているが、長すぎるし、今使えるようなものではない」(つまり真珠湾以降)とか。君とメアリー(注)に読んでもらいたい。もしかして、こういう真珠にちょうどいい湾を教えてくれないだろうか。】(1942.1.12ナボコフ→ウィルソン〈以下N→W〉)
注:ウィルソンの二人目の妻、メアリー・マッカーシー。後に離婚。/
【《ニュー・アボウド》の編集者が何かもらえませんかと気安く頼んできたのに応えて、送ったのがこんな詩。
「どれほど戦争画のキャンヴァスで
ソヴィエトが金ピカに輝こうとも
魂が哀れにも滅びようとも
私は絶対に挫けないし、やめはしない/
汚辱と、暴虐と、無言の隷従という
退屈を嫌悪するのを。ノー、ノー、私は叫ぶ
私の精神はまだ敏感で、まだ流浪に飢えている
私はまだ詩人だ、仲間はずれにしてくれ!」】
(1943.4.5N→W)/
【ロシア短篇集の出版社を紹介してくれてありがとう。ソヴィエト支配下における25年間で生み出された文学作品の中から、そこそこに読める短篇を10作余りなら選べる(ゾーシチェンコ、カヴェーリン、バーベリ、オレーシャ、プリーシヴィン、ザミャーチン、レオーノフーーそれだけ。)】(1944.1.3N→W)/
【反論されるのはわかっていたーーが、マルローに関してはまったく本気なのだ。
ー中略ー
ただ、『王道』は刺激的な作品で、(彼にはユーモアの感覚がないことは認める。ただ、『王道』は刺激的な作品で、巧まざるユーモアの側面がある)。
彼は間違いなく、プルースト以来フランスが生み出した唯一の第一級文学的天才だ。(略)それに君とわたしではマルローに限らずドストエフスキイ、ギリシア劇、レーニン、フロイト、その他多くのことで完全に意見を異にしていてーー[われわれは]妥協することはないと思う。そこで、われわれはプーシキン、フロベール、プルースト、ジョイスなどについてのもっと実のある議論に執着した方がいいと考える】(1946.12.1W→N)/
【※3 優れた文学研究者・批評家で、1920年代のソ連のロシア・フォルマリスムの、そして、より最近では、西洋の構造主義の主要な理論家であったロシア生まれのアメリカ人ロマーン・ヤコブソン(略)は、生涯とエネルギーの大半をかけて、『イーゴリ軍記』の真正性を確立し証明した。ナボコフはケンブリッジとコーネル滞在中、ヤコブソンと親しい個人的なつきあいをし、彼の批評方法に共感した。しかし、後に、袂を分かった。】(1948.12.2W→Nへの手紙への注)/
【私が自分ではこれまでの最高傑作と思っている短篇を《ニューヨーカー》は不採用にしたし、今書いている短篇をどこかの雑誌が買ってくれる見込みもまったくない。(略)※4 「これまでの最高傑作」とは「ヴェイン姉妹」のこと。】
(1951.6.13N→W)/
【※1 (前段略)「私はたしかにチェーホフを偏愛している。[中略]別の星に旅行するなら、ぜひ持っていきたいのはチェーホフの作品なのである」】(1954.2.29N→W)
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