ターハル・ベン=ジェルーン『火によって』

アラブ関連の文学を読むのは初めてだ。
どうしても、僕の目は、子供の頃から触れて来たアメリカや西欧の価値観に汚染されているだろう。
完全に中立な視点などどこにもないにせよ、これからの読書によって幾らかでも修正していけたらと思う。

読後、複雑な思いが残った。
「アラブの春」の発端となったチュニジアの一青年ムハンマドの焼身自殺を描いた物語。
たしかに、彼の焼身自殺がきっかけとなって、チュニジア市民の抗議運動が巻き起こり、独裁政権は倒れた(ジャスミン革命)。
そして、さらにそのうねりはエジプトに波及し、ここでも独裁政権を打ち倒して、周辺諸国へと伝播して行く。
ムハンマドの焼身自殺は、まさしく、これらの出来事の発端となったのだ。

だが、彼の行為が英雄視され、街の通りに彼の名前がつけられ、彼の銅像が建ち、彼の英雄譚がベストセラーとなるとき、数多の模倣者が現れる。
そして、模倣者たちの焼身自殺は、単なる犬死にに終わるだろう。
そして、不条理や不正に抗するに命を棄てることを選ぶという心性は、多くのテロリストたちの心性と、どこかで繋がって行く方向性を孕んでいるのではないだろうか?
命がけで独裁政権を倒しても、決してユートピアが誕生するわけではない。
新たに生まれる政権も、遅かれ早かれ、必ずや腐敗するだろう。
抑圧に苦しめられてられている若者が、その度に死を選んでいたら、いったい誰が新たな独裁に反対の声をあげるのだろうか?

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