見出し画像

パン屋の おはなし あのね    「おい! 何分まわしてる!!」

「おい!  何分まわしてる!」
『ありゃっ やってもうたああ』
5分で止めなくてはならないミキサーを10分近くまわしてしまいました。
失敗すると彼はとってもめげてしまいます。
めげると、それがまた別の失敗を呼び込んでしまいます。
「すみませーん」
『全粒粉は低速5分! ああまたやちゃったなあ』
彼は心の中でつぶやきながら、平手で頭をポンポンとたたきました。
これで頭がきりかわるわけではないのですが、そうでもしないと次の失敗がやってきそうです。

食パンの生地は大きなミキサーでまわします。今もミキサーがうなっています。
失敗の後なので特に慎重です。いったんミサーを止めて生地の状態を確認します。
『水の量はOK・・・味は・・・OK・・・・』
とりあえず大丈夫なようですね。

なにせ一度に60キロ・80キロの粉を使いますから、それが使えないとなると大変です。すぐに作り直しても20・30分の遅れは、他のパンを作っている仲間達の仕事に影響してしまいます。
安心したのか 彼
『んー バカウマ やっぱり生地は生が一番だねええ』
ですって・・・・

・・・・・『おっ!  わかるかい!  おまえさん通だね』・・・・・

ミキサーまわりはけっこう孤独なところです。一人でやる仕事がほとんどですから・・・
でも彼にとっては快適な環境です。
彼はどちらかというと集団が得意ではありません。仲間意識がないというのじゃないんですけど、一人で生地にむかっているほうが、自分にあっているような気がするのです。

「・・・・えっ!!!!!  がっ!!!!  えっ!!!!!」
誰かがそばにいると・・・・
いえ、口に出して言ったわけじゃあないんです。『バカウマ・・・』なんて・・・

『おい  ワシじゃよ  』
ふと見ると少し古ぼけた片手なべに入っている打ち粉が舞っています。
それほどの振動も、今は空調さえ動いていません。・・・?・・・・・・・・・

『今日の粉はエージングがたらんな』
彼は片手なべをボンヤリ・・・ボンヤリというより呆けて見ていました。

『驚かんでもいい。おまえさんの事、人間にしておくのはもったいないとみんな言っておるぞ』

『思わなくていい!! みんなってだれだああああ!』
彼は心の中で叫びました。
                                  

『まあ そういうな 誉めてるんだからな。ところで生地の味のわかる、とりあえずの若者よ』
『とっ とりあえずって言い方は・・・』
『お前さんに一肌脱いでもらいたいんだがのぉ・・・』
『ぬぎたくない!・・・・』
片手なべはそんな叫びを無視して話を続けます。
『実はの、アンベラの彼女が最近行きかた知れずになってしまっての、アンベラの奴がえらい落ち込んでおるのじゃ。』
『?』
『なかなか腕のよいアンベラなんじゃが、やっぱり彼女あっての仕事振りでな。よおく向かい合わせで働いておった。ときどきキラキラ光っては話をしておった。・・・』
『・・・・・・・・』
『それがの・・・彼女がいなくなってからというもの、毎晩酒びたりで無精髭もはえほうだい。仕事にならんのじゃ。』
『そんなのって あり?』
彼は少しあきれてきました。
『そこで どうじゃろ ひとつ彼女を探してやってくれんかのぉ。誰に頼もうかとみんなで話したんじゃが、結局お前さんに白羽の矢があたったわけだ。』
『わけだって・・・・勝手にあてないで欲しい!』
でも、へたに断って仕事の邪魔でもされたら大変です。彼はそう考えるとしぶしぶうなずきました。
『そうか!やってくれるか!さすがわしらの見込んだ者だけのことはあるのぉ。』
『・・・・・』
ちょうど小さいほうのミキサーが止まりました。彼はちょっと躊躇しながら片手なべに手をつっこんで打ち粉を握りました。
生地を容器にうつしかえて、成形室へともっていきます。
一日仕事をする中で、手のあいているときはオーブンの応援にいったり、成形室で詰め物の手伝いをします。ここ2・3日は成形室で人?物?探しをしています。 
しゃがみこんで作業台の下をのぞきこんでいて、
「どうかしました?」
なんて声をかけられて
「あっ  イヤ  ちょっと腰が・・・」
なあんてごまかしたりしながら・・・・・
なかなかアンベラの彼女は見つかりません。
今日、何度目かの生地を成形室の前まで運んでいったときのことです。
ちょうど流し台の床に生地のクズが落ちていました。彼はもどりがけに何気なくそれをひろいました。立ち上がろうとした時・・・・・
流し台の奥に何か光るものが見えました。
彼はのぞきこみました。そして手をぐっといれましたが・・・指先にはふれるのですが・・・つかめません。
彼は握っていた生地くずをもちかえて、もう一度手を入れました。
生地に引っ付いて、少し前まで・・・やっとのことでそれを拾い上げました。
間違いありません、アンベラです。

彼はそれを洗いながら
『でも・・・・探してたアンベラかなああ』
流しの中にころがっていたクープナイフが
『その娘!あぁ無事でよかった。奴も喜ぶぞ。やっぱりあんた人間にしておくのはもったいないな。よくやってくれたよ。』
あの片手なべとおんなじことをいいます。
『いったい僕はここの者達にどう思われてるんだろう?』
でも彼は、どうやって再会させてやればよいのかわかりません。
『あんた!ここだよ  ここへおいで!』
作業台のほうから・・・いえ 作業台が叫びました。ちょうど一人抜けて空きができたところです。
言われるままに、彼はそこでアンパンをつくりだしました。
次のミキサーを回すまで、あと20分・・・・
彼の正面でアンをつめていた女性が顔を上げ、そして微笑みます。彼も・・・・
『よりによって彼女の正面なんて・・・ラッキーなのかアンラッキーなのか・・・ちょうどアンパンだから、アン・・・いやそんな余裕はない!誰が彼氏なんだ?  ?   ?』
その時です、正面の彼女が持つアンベラがキラリと光りました。すると彼の持っているアンベラもそれに応えたかのように光りました。
ギリギリセーフでした。
彼はアンベラをアンコの山のよく見えるあたりに突き立ててミキサーのところへ戻りました。
『かたじけない!』
片手なべが言いました。
『なんの これしき!・・・・』
一瞬 景色がゆがみました・・・・・

「ねえ そろそろ時間よ いきましょう」

「あ~ はあぁい ん~・・・・・あっ どうもすみません」
彼は跳ね起きました。ここは休憩室です。彼は靴を片方履ききらないまま作業場へ戻っていきました。
『夢・・・か。しんどかったああ』
作業場に戻った彼がふと見ると、起こしてくれた彼女が彼を見てニッコリ微笑みました。
思わずテレ笑い・・・・
『こっちが一肌脱いでもらいたいもんだ・・・・まったくうう』
例の片手なべは何事もなかったように知らん顔・・・いえいえ彼らは意外に義理堅いんだよ。
にぶいのは あなた だけじゃないんですか?
・・・・ねえ そう思うでしょ?
                               おしまい

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?