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テンダーはビールがお好き

ブラブラ歩いた

まだ触れた事のないドアが欲しかった

もうやっている店の方が少ない時間だ

タクシーに進路を譲り、路地に身を引いた
路地の奥で人の声がしたので振り返った
客を送り出すスタッフの姿があった 

そことの間に
看板は消えているが青い小さな豆電球だけが光っている店があった

『やっているのだ こういう店は』

変な確信があった
青い豆電球に顔を寄せた
目の中まで青い色に支配された

『ちぇっ 』
後に続く言葉は飲みこんだ

手はそのドアにすがっていった
一人の客がカウンターに長い抱擁をしている

その客を挟んで、テンダーが申し訳なさそうにしていた

「いらっしゃいませ」

その客から一番離れた席を案内した

「トマーティンが飲みたい なければ勧められるままにだが・・・・」

「ございます どのように飲まれますか」

「ロックスで飲もうかな」

「はい 少しお待ちください」

テンダーはグラスを置いてボトルに並べた

アイスストッカーから丸氷を出した

『聞こえてなかったのか・・・ 』

少し虚しさの様なものを感じた

テンダーはもって来た丸氷にピックを当てた
氷はテンダーの手の中で二つに、そして器用に持ち変えられて4つになった
4つになった氷がグラスに滑り込んだ

水が注がれ氷達は故郷を忘れた
水はすっかり流され、ボトルのスクリューが回った

コルクのコースターがグラスを支えた

「お待たせしました トマーティンのロックスです」

「たしかに・・・・・・・」

「あのさあ」

「はい」

「少しくだけて話せる?」

「あっ すみません 好ましくありませんでしたか?」

「いや そうじゃない 一つ聞いてみたくなったので テンダーシフトを少し緩めて応えて欲しいだけだ」

「なんだか 怖いですね でもわかりました 少し馴れ馴れしくなるかもしれませんが 絶対に怒っちゃいやですからね」

テンダーは笑った
その笑顔に嫌な感じはしなかった

「わかった こっちから振った願いだ 間違っても『わかったような事言いやがって 馴れ馴れしくするな』とは言わん」

「なれば  いっちょこい!」

「ははは ん~とだな 何故丸氷を砕いたんだい? 氷が底をついたわけじゃあるまい」

「なんで知ってるんスか」

「丸氷を取り出す前に持ち上げた袋にはカチワリが入っていたはずだ かすかに音を聞いたような気がするんだが・・・・」

「へえ~ あっ 当たりです 確かにロックスの10杯や20杯は作れるだけの氷のストックはあります」

「そこでだ じゃあ何故 が出てくるわけだ」

「ばれちゃあ しょうがない」

テンダーが小さく笑った

「実は 今夜はもう誰もこないだろうと・・・ あちらのお客様が起きるまで後片付けでもしようかとぼんやり考えてたんです  そして 30分以内にどなたかが来たら その方を見て自分が思い描いた一杯をサービスしようと決めたところで・・・」

「オイラが入ってきたわけだ」

「ええ そして すぐにトマーティンのオーダーを頂いたので・・・」

「くじけたわけだ」

「そなの  んで つくりはじめて 『氷を』と思ったとき 丸氷を砕きたくなったの」

「それは何故だ オイラのどこかに 何かを感じたのか?」

「このへんから 本当に怒っちゃ嫌ですよ」

「ああ 大丈夫だ 約束はまだ覚えている   もし これから聞くことに多少なりとも頷けるところがあればビールをおごろう」

「おきゃくさん  あくまで雰囲気ですし あくまでも勝手なイメージですけど  なんだか何かが壊れた  今までいい感じだったものが崩れてしまった そんな感じがしたんです  それで 丸氷をわってみたくなったんです  『何故』なんて話す事になるなんて思ってもいませんでしたから」

「飲みな」

「はっ?」

「ビールを飲めっちゅうの」

「あら いいんですか」

「ああ お飲みなさい おごろう」

「へえ かすってはいたんですね  ・・・・どんな事があって そんなオーラを出していたのか知りたいんですが・・・・・だめですよね・・・」

「言ったら何かおごってくれる?  冗談だ 知りたいのか」

「ええ 多少なりとも私の読み取りがかすっていたとすれば なおさら」

「わかった 私はこの街の人間ではないし めったに来る事もないから 置き土産にはなそう  ただ 笑ったらあばれるぜ」

テンダーは思い切り『じゃあ どっしようかなあ』とオーバーアクションをして見せた

「好ましい子がいてね     惚れた」

「それで」

「惚れた と口をすべらした」

「ジ エンド?」

「いや そでもなかった」

「ほぉ~ やりまんな ・・・・・・でも?」

「ああ この歳になると諸事情あってな」

「えー えー 私もありますから 解るような気がします 諸事情」

「好ましい で 惚れた で 」

「うふん と」

「怒りはせんが 馬鹿めくらいは言うぞ」

「あははは すまんこって でも ・・・」

「ああ 諸事情あって 惚れたから 一足飛びに人類愛まで到達しちまった」

「? それって」

「なんだな 解り難く言うとだ」

「・・・・ もう一本 いいですか」

「ちゃっかりしっかりだな でも いいぜ 飲んでくれ」

「でしょ ちょいと 小恥ずかしい内容でしょ  協力します 恥ずかしくないから話してごらんあそべ」

「よくアニメーションやゲームキャラのフィギャをコレクションする御宅連中がいるだろ?」

「ええ」

「欲しくて手に入れたフィギャなんだが 嬉しすぎてパッケージを開けるのももったいなくなる」
「ふむ なんだか少し・・・」

「パッケージを開けただけで なんだ そのパッケージが傷むだろ ましてや中から出してしまったら もとのようには戻せない」

「ふむ 」

「本当はパッケージを開けてみたいし、手にしてみたいんだが 手があまり綺麗ではないんだ 外から眺めているだけでいいと 汚れてしまうくらいなら それでもいいと・・・」

「あららら よっぽど大事になっちゃったんですねえ」

「そうだな  好ましいから 自分のものにしたいと思って パッケージを手にしたとたん 自分の手が汚れている事に気がついて『汚すもんか』になっちゃたんだな 出して自分の感性とシンクロさせて宝物にしたかったんだろうが・・・『大事なもの』にしてしまった」

「飲みな」

テンダーは冷えたチンザノを新しいロックグラスに注いで言った

「ん?」

「さっきの氷は 丸でよかったのかもしれません」

「ん?」

「『大事なもの』にした してしまったのは 残念かも知れませんが  そのかわり」

「ん? そのかわり?」

「長く付き合うという事を手に入れたわけですよね 少しせつない時もあるかもしれませんが『これ大事!』と思えるような素敵な物と出会った幸せも長持ちするんですから  きっと選択は間違っていないのだと思います 」

「うまいね 大正解だ」

「ははは いやあ 照れる」

「かちっと冷やしたチンザノは美味いな」

「は はぁ~  お気に召してなによりです」

私はテンダーにウインクした
『ここで終わり』

テンダーがニヤリと笑った
『かしこまりました』

「おい!」

「はい?」

「3本飲んだのか」

「いえ 私は2本いただきましたが・・・・3本ありますねえ・・・  きっと天使のピンハネっちゅうやつでしょう」

「けっ まあよい  チェックしてください」

「はい ありがとうございます」

カウンターを背にしてドアに手を伸ばした時、テンダーが深々と頭を下げている波動が伝わって来た

「ありがと」

私は振り返らずに外に出た



何かが足りない下限の月が もう幾ばくも無い夜の空から見下ろしていた


have fun


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