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バーテンダーのうつつ

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おはなし
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キャップ と腰履き

「なんかここやばくね?」 「ぼられるじゃね?」 「やばい人いるんじゃね?」 「やめよ 他いこ」     多くの方は、特にお若い方々は、まず『うさんくさい』『危険なにおいがする』 そうお思いになるようです      私には時間の通い道を、どなたかが通るのかがわかります   その時第一印象が悪いと そっ まずドアが2cmだけ開きます ドアを開けて差し上げると、一瞬驚かれます    いつもより姿勢を正し、いつもよりやや低めの声で   「よろしかった

平和の背中             氷とラフロイグ15年と・・・と

出鼻をくじかれて家呑みとなった まあ 梅雨空を眺めながらの一杯も悪くないはずだ タコのマリネも旨い 「あ~あ せっかく痩せたのに また戻っちゃう~」 「そだなあ 戻るだけなら いいんだがなああ」 背中を見せたまま、つい言ってしまった 『しまった』と思ったときには遅く 煌めきほどの 間があって 彼女は投げ出した足をぶつけてきた 「グエッ」 「なにが『グエッ』かしら まるで羽毛のような感触ざましょ」 「うっうん」 「そのよどみのある言い方が気に入らん」 両足の

黄金の霧

古い友人が海外赴任を命ぜられ、奥さんを連れていくことになった 娘が二人いるが、どちらもアメリカに住んでいる 日本にあるほとんどのものを処分して任地へむからしい 『ただでやるから貰ってくれ』 小さなキャンピングカーを押しつけられた 『ただ』といっても名義変更したとたん納税通知書と車検の案内が届いた この夏は、そのキャンピングカーでバカンスを楽しむことにした 途中、来客の予定もあった 高速を走り、小さなパーキングで車を止めた 本線を往く流れは夕方になっても快調だ ややあ

潮風とビターな彼女

落ち着いた色のテーブルが5つありそれぞれのサイズに合わせて椅子がセットされている 「せっかくだから 何か飲もう」 大きな画面を彼女の指が支配している 『梅雨のさなかなのよね』 『それもいいじゃないか』 しかし予定は梅雨の合間にぶつかった 「ええ一杯目はあなたが決めて 二杯目は私が提案するから」 彼女はそう言ってメニューを見る事に専念した うぐいす色のパンツに白のすっきりとしたブラウス 襟元にパンツと同色のバンダナを巻いたフロアーが近づいてきた 「ジェノベーゼのパ

オールドフィッツジェラルド1849と桃山

仕事のローテーションの関係で、もう七草も過ぎたこのごろになってやっと休暇となった 久々の実家 お気に入りの小さな庭 冬には冬の顔が、それなりに好ましかった   休暇も半ばの日 彼女は買い物に出かけた 鎮守の森を越えた向こうまで きっと、初詣でにぎわったのだろう境内へ続く道も、今日は閑散としている   祖母の好きな和菓子を求めに行くのだ 段差はあまりないが50段以上はあるだろう階段の上に本殿がある 階段を登りきったところで振り返ると街並みが見渡せた 来るまではそんなに感じなかっ

竹鶴21年とクリスマスツリー

彼女は目が覚めたベッドの中で大きな伸びをして、ちょっとだけ目を開けた   南に面した窓のカーテン越しに、しっかりした朝だとわかる光が透け出している シルクのショートパンツに薄紫のロングTシャツの彼女は、もう一度まるまって小さな吐息をもらした 朝の知らせなど見なかったというように     幼いころの夢を見た   トップにシルバーの星を付けたシルバーグリーンの大きなツリーがある シルバーとゴールドの飾り付けのところどこに姫リンゴのイミテーションがアクセントになっている   それを

テンダーはビールがお好き

ブラブラ歩いた まだ触れた事のないドアが欲しかった もうやっている店の方が少ない時間だ タクシーに進路を譲り、路地に身を引いた 路地の奥で人の声がしたので振り返った 客を送り出すスタッフの姿があった  そことの間に 看板は消えているが青い小さな豆電球だけが光っている店があった 『やっているのだ こういう店は』 変な確信があった 青い豆電球に顔を寄せた 目の中まで青い色に支配された 『ちぇっ 』 後に続く言葉は飲みこんだ 手はそのドアにすがっていった 一人の客が

ベルギービールを瓶のまま飲む

『きっと来てないわ 』 車は広いコンビニの駐車スペースを切り進んでいく 『やっぱり・・・・・・』 そう思った時2台の10tダンプに挟まれるような小型車が視界に入った 一番端のスペースにハンドルをきった 間もなく 「肩身狭めぇ~」 とメールが飛び込んできた 「たまには私の車で」 そう返しながらすすりあげた そして 「ちぇっ」 と言いながら、フロントガラス越しに見えるコスモスの花の揺れに目を向けた ただ、パートナーズシート側のドアが開く音を聞き逃さないように     「

ノエルを乗り切ったバーテンダーの「うと寝」 冬銀河添え

「お客様 申し訳ございませんが もし差し支えなければお帽子をおとりください」 初めての客だった カウンターでその帽子は似つかわしくなかったのだ 何せその帽子はシルクハットなのだ 若者のニット帽子やキャップは、このご時世『しかたなし』と諦めている 勿論、常連様には許さないのだが・・・・   「いや すまん 差し支えがある」 「そうでしたか 致し方ありません」 「すまん」 『きっと大きなキズでもあるのだろう でも何もシルクハットでなくたって・・・・』 『ひょっとして あの

ピムス 温めなおし?

夜中に目が覚めた どうやらパソコンの前でうたた寝してしまったようだ 傍らにピムスがある せっかく作った3杯目はほとんど手付かずで冷たくなっている   パソコンが省エネもーどになっているのを良い事に、崩れるように布団にもぐりこんだ   どのくらい経ったのか、遠くで金属の音がして目が覚める ドアをボンヤリ眺めていると、彼女が入ってきた 入口からコートを脱ぎ始め、布団の縁に着いたときには下着姿になっている 『疲れてるな・・・』 お気に入りのスエットに着替えることなく、布団の中にもぐ

鬼も逃げる 悪魔のグラス

『バーに時計なんて しかもよく見えるところに・・・・』 よそから来たお客さんにはよく言われる 自分もこの街に流れ着いた時には、いろいろめんくらったものだ 未だに話し言葉が馴染まない   「いらっしゃいませ これから?」 「ええ そうなの ん~ 」 「いつもの?」 「そうね 」 彼女は 出勤前の一杯にデヴィル・カクテルを飲む 稀に違う時もあるが、そんなときも仕事開けにはデヴィルカクテルを飲むのだった   以前 『どうして それを?』 『内緒っ』 そう言って グラスを揺らし

行く年 来る年          (4人目のバーテンダースタイル)

あるところで 「よわったなああ」 「どうしたのじゃ」 「あっ」 つぶやいた者がひれ伏した   「かまわぬ 来年はおぬしの番じゃの」 「ええ その宴に用意しておりました神社が大改修でして・・・どうしたものかと・・・」 「そうであったか よし まかせておけ よいところを知っておる」 「とんでもございませぬ そのようなことで御手を煩わせるわけには・・・」 「かまわん かまわん どじゃ わしらの仲間も参加してかまわぬか そだな あのかたにも声をかけよう」 「おそれ多い

ぬくもり

「ねえ 覚えてる」 「ん?」 「私が・・・・」     秋の夜入り 今にも 崩れ落ちそうだった ちょっとでも歩みを止めたら 『ダメになる』 そう思いながら、駅への道をたどっていた   後ろから来たタクシーのライトが一つの看板を照らした 今灯かりがともったと錯覚してしまった 駅へ急いでいた足が助けを求めた    階段を上がり、ドアを開けた バーテンダーが顔を上げ、ちょっと首をかしげながら 「いらっしゃいませ」 と言い、席を勧めた 「うどん 召し上がりますか?」 「え

『濃い茶割り』とガーゼハンケチ

こいちゃわり テープは応急処置ではない 何故だろう そこの女将が言うと 『濃い茶割り』とは聞こえない     もう何年も、その店はあった 見つけられたら行ってみるといい タンメンが旨い これは内緒だ もし何気に入ったお店のカウンターで   カウンターのひび割れ隠しに 『ハンバーグ3パックで298円』その3パックをまとめているようなテープを無造作に貼ってあったら、 そこだ そこなんだ 躊躇せずに『タンメン下さい』と言いたまえ     そっとあるのだ そっとあり続けるのだ すが