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潮風とビターな彼女

落ち着いた色のテーブルが5つありそれぞれのサイズに合わせて椅子がセットされている

「せっかくだから 何か飲もう」

大きな画面を彼女の指が支配している

『梅雨のさなかなのよね』
『それもいいじゃないか』

しかし予定は梅雨の合間にぶつかった

「ええ一杯目はあなたが決めて 二杯目は私が提案するから」

彼女はそう言ってメニューを見る事に専念した
うぐいす色のパンツに白のすっきりとしたブラウス 襟元にパンツと同色のバンダナを巻いたフロアーが近づいてきた

「ジェノベーゼのパスタとカンパリ カンパリはソーダで割ってくれるかな」

「かしこまりました」
余裕のある声でフロアーは応えた

「ソーダを半分入れて炭酸を逃がして 残りのソーダを入れた後はそのままでいい」

「かしこまりました」

フロアーはメニューから目を上げた彼女の方に少しだけ体を傾けた

「私はフレッシュトマトのパスタをください 飲み物は、今の面倒くさいやつ」
二人の女性が笑顔の交換をした

「かしこまりました トマトは店の裏手にある畑に、これから取りに行きますので少しお待ちください」

「まあ 本当にフレッシュなのね」

「はい ジェノベーゼソースもこれからイタリアへ買いつけに行って参りますので 少々お待ちいただけますかしら」
今度は私も笑顔の交換にまぜてもらった

「姿勢が素敵ね」
フロアーの後姿を見つめながら彼女が言った

「うん いいラインだ」

「 こ ろ す 」

「きみには負けてるが・・・」

「遅い! 後付け無効」

「ちぇっ」

「きっと潮風を受けてトマトはいい出来よ」
若干見下ろすかたちで海の広がりがあった



『先に』と頼んだカンパリがサービスされた

フロアーは私の一口目を待ち、『ありがと』の合図でさがった

「へぇ 美味しい物も知ってるんだ」
さがっていくフロアーに目を向けないようにしている私に彼女が言った

「失敬な」
ややあってパスタが運ばれてきた


彼女は予想していた以上に上出来だと言った
ジェノベーゼも、手作りなのか、ベースに一工夫してあるのか美味しかった
それぞれ一口だけ相手の皿にフォークを伸ばして確認し合った

こちらを見ているフロアーに気がついた私は、頬に人差指をあてがった
フロアーの反応が思いのほかはっきりしている
気がつくと、偶然彼女も同じシグナルを出していた


フロアーはこちらに体を向け、一礼して視界から離れていった
たいらげた皿を下げに来たフロアーに

「今度は黄色いカンパリを トニックでわってください  普通に」

「ちぇっ」

「かしこまりました あの絵も喜びますわ でもずっと初期のころの作品ですので、気がついていただくことも稀なんです 勿論複製ですけれど・・・お好きなんですか」

「いえ たまたまおぼえていただけです」
私に一度も口をはさむチャンスが巡ってこないまま彼女のオーダーは終わった


絵と彼女を交互に見比べていた私に種明しをするつもりはなさそうだ
無言の『作生(そもさん)』だ
今は白壁に飾られている絵を目に焼き付けておくしかない
彼女のオーダーが運ばれてきた

『これも美味い』と思った
厨房の方を見ると、一本だけボトルが見えるところに置かれていた

『SUZE』
『スゼ・・・・?』
私が見たのを確認したかのように、コック服の袖がボトルをひっこめた

フロアーの笑顔と目が合い反応しようとしたが、彼女の視線を感じたので、立ちあがって一礼を返した

フロアーは肩をすぼめて微笑んだ
彼女も肩をすぼめながらシンクロした
『本当に困った子でしょ?』てな顔だ

「ちぇっ」
少しして私たちは店を後にした

背中にフロアーの心地よい一礼を受けた


来る時はタクシーで10分ほどだった路を、彼女は歩いて帰ると言いだした
中心部を抜けて来たのだから、直線にして4kmほどだろう
泊っているホテルは、ここからでも見えるくらいだから迷いはしないだろう
路の一段下がったところを遊歩道が寄り添いながら続いている
私たちは、ホテルに向かってゆっくりと歩き始めた



さっきのアルコールとは関係なしに頬がほてった
それは今、手の平を介して彼女にバレバレに違いない


潮風が、からかいに来た
「ちぇっ」

have fun


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