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おばあちゃんと交わした約束


おばあちゃんとか、家族のことを考えると、胸が苦しくなって、涙が溢れてくるの、なんでだろう。
近くで触れて、やっと、大好きなんだなあって、気づく。
いつも感じられたら、もっと大切にできるのに。なんて、今さら思ったって、しょうがないよね。

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おばあちゃんが、弱っている。
2週間後には、横浜の親戚の家に移る。

そう聞いて、急遽仕事休みにひとり、父方のおばあちゃんちに顔を出しにいくことにした。

正月以来のおばあちゃん。
そんなに対して変わりないだろうと自分に言い聞かせて、夕暮れどきの電車に乗った。

最寄り駅についておばあちゃんちに向かう道で、さびれた昔ながらのたこやき屋さんがあった。

中でおばちゃんが3人、集まって話している。お客さんはいない。

いまはたこやきいらないな…。そう思い、店の前を通り過ぎた。
だけれど、どうしてもその光景が気になって、再び戻ってたこやきを1つ注文した。

「マスクも売ってるんですね」

あまりに静かな店内にコロナの影響を感じて、元気づけようとつい、明るめの声で話しかける。

「近所の娘さんが作ってくれてね。最近はたこやきを焼くよりマスクを売る方が多くなったわ。」

冗談まじりなのか本気で困っているのかわからない口調で、おばちゃんが話す。

マスクをじっと眺める。いろんな布地を使って縫製されているマスク。ひとつ500円と札が貼っている。

「このマスクください」

ハンドメイドショップよりはるかに安い値段で販売されているマスクにおばちゃんの良心を感じ、応援の気持ちも込めて購入する。

そのあと見慣れた道を進み、久しぶりでドキドキしながら、恐るおそるおばあちゃんちのインターホンを押す。

ピンポーン。反応がない。
ドクドク、と、少しばかり胸の鼓動が早くなる。

ピンポーン…。

「はい。」

奥から声が聞こえた。肩の力が少し抜けるのを感じる。

「もえこです。」

はっきりと、大きめに。
聞こえやすいように口を大きく開けて発音する。ガラッと引き戸が開く。

「だれや。」

病棟でよく聞く質問だ。まさか、という思いがよぎる。

「もえこです。」

再び同じ台詞を、大きく、はっきりと繰り返す。

「こんな時間に。おばあちゃんいま帰ってきたところや。」

わかってもらえたことに安心し、ほっと息を吐く。

話を聞くと、デイサービスから帰ってきたところらしかった。
びっくりさせたくて連絡せずに行ったけど、その時危ない賭けだったと気づいた。

そのあと買ってきたたこやきを食べながら、おばあちゃんとしばらく、近況報告と昔話をした。

うんうんと聞いてくれるおばあちゃん。
家のものは、置いていくから好きに持っていき、と話してくれた。

抜け殻になったおばあちゃんち、また帰ってくるの、さみしいだろうなあ。なんて思いながらその時は想像しないように必死だった。

「今までありがとう、元気でやっていきや」

ここ数年の疲れたおばあちゃんとは打って変わって、元気で高めの声で発せられたそれは、どこか離人感があって。

おばあちゃんが力を振り絞ってだした、空元気のように感じた。

さみしい思いをにじませないようにしながら、笑顔で「また会いにいくよ」と伝えながらそれの意味を受けとめる。

そしておばあちゃんと、最期の約束をした。

①女の人を苦労させない男の人を選ぶこと
②お父さんとお母さんを大切にすること
③実家にはなるべく(できれば2週間に一回)顔をだすこと
④元気で一生懸命やっていくこと
⑤自炊して貯金すること


それから、アドバイスをもらった

①子どもは2人以上いたほうが、大変でも楽しい
②お金持ちは目指すけど、ほどほどに生活できる程度でいい
③女としてお金稼ぎをがんばりすぎない、体を大事にする

④お金がかかりすぎることをしない

暗くなるから早く帰り、と別れ際にいつものように玄関口から笑顔で手を振り見送ってくれるおばあちゃん。

その姿が遠くなる頃、上を向いて目を擦っているのが見えた。
それにつられてわたしの、堪えきれなくなった涙がぽろぽろとあふれていく。

ありがとう、おばあちゃん。
わたしは、元気でやっていきます。

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身近な人の死を体験したことのないわたしにとっては、生きている大好きな人からのさよならは、実際の死に値するほどのつらさだった。

帰り際、この大切な感情をせきとめちゃダメだって感じて、夜道で静かに大粒の涙をこぼしながら、心を落ち着けた。

帰ってこの記事を綴りながらも、自然にあふれでる涙に抗わなかった。

まるでからだに、感情を、記憶を、刻みこもうとするように。

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