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コロナ禍の誕生日とこれから
2021/6/26 23:55
時計の針が、23時55分を刻む。
(あと5分で27歳だ…!)
相変わらず、こういう時に考えることは小学生の頃から変わっていないわたし。
「ピンポーン」
ナースコールが鳴る。
「寝れないんです、眠剤ください。」
と、患者さんより不眠の訴えあり。
昨日もほぼ同時刻に頓用よりゾルピデム1錠内服している。
内服の件で訪室してあれやこれやしていると、あっという間に0時を過ぎていた。
27歳の誕生日は、こうして看護師もえことして迎えた。
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今年は、コロナ禍でなんとも変化の大きい一年でした。
昨年の6月は、コロナの感染拡大が進み、もどかしい気持ちを抱えていた頃。
看護コミュニティハピコナを一緒に立ち上げた相方みなこと「私たちは何ができるだろう」と、世の中の問題に自分ごととして問いを持ち、医療職中心の情報共有チームを作るというアクションを起こしていました。
お互い現場で勤務する身として負担にならないよう、楽しむ要素も含めながら企画。
途中、相方の不調などいろいろあったけれど、周りで支えになってくれる人たちの存在に助けられてここまで来れました。
改めて、出会ってくれた人、関わり続けてくれる人たちに感謝の気持ちを伝えたいです。ありがとうございます。
このように場や企画やアート(看護も含む)、クリエイティブ分野の創作物は、たとえはじめる動機が誰かのためであっても、どこか自分たちに必要なものになっていたり、自己を表現するということに繋がっている部分があるなと最近感じます。
生み出すもの、関わるものには、その人の一部が投影される。看護教育をしていても感じます。
わたしが生み出したり関わったものにフォーカスするとわたしが見えてくる、それって面白いなと。
看護師以外の時間は写真をしている時間が増えてきたのも、そのためです。
元々記録写真として家族撮影やカップル撮影、プロフィール撮影をしていましたが、ただ明るいありきたりな写真を撮ることって、面白くないなって。やっぱりわたし、深みのある世界が好きなんですよね。
だから最近は、言葉を用いない対話で人間の感情や命の揺らぎを引き出す写真撮影に挑戦したり
自己探究のために被写体活動を楽しんでいます。
オンライン誕生日会に参加した方にはお伝えしましたが、その中で「家族撮影」「対話」「生と死」「自分や身近な人(地域レベル)を大切に」「一対一で寄り添う看護」という自分の中で大切にしているテーマが浮かびあがってきたので、近々またその文脈で動き出す予定です。
若くてもいつ死ぬかわからない。死は平等にある。死ぬことを考えることで当たり前の日常と健康の大切さがわかり、生活や生き方の選択が変わる。日々看護師として命と向き合う中で、そう感じています。
それを伝える手段として今、写真撮影と看護を掛け合わせることを考えています。
ひとつは、家族会議を促進するための写真撮影。ふたつめは、お祝いのように家族みんなで行う遺影撮影。
やっと、わたしのやりたいことの根底に近づいてきた感触があります。
また、気になる方は詳しくお伝えしますので、お気軽にお声かけください。
最後になりましたが、各方面からお祝いのメッセージをいただき、本当に嬉しかったです。
ゆっくりメッセージを送らせていただきますので、もうしばらくお待ちください。
長くなりましたが、ここまで読んでいただいた方はこれからもお付き合いがあると感じています。変わらず自由奔放なもえこですが、今後ともよろしくお願いいたします🥰
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