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12.夕べの雲 / 庄野潤三著_ 200902

作家が自身の家族の日常を綴った好著。須賀敦子が初めてイタリア語に翻訳した作品としてもよく知られた一冊だ。1960年代の作品になるが、あの頃はこうした日常の細部に目を凝らした滋味豊かな作品が数多くあった気がする。たとえば映画で言えば小津安二郎などがその筆頭になるのだろうか。とにかく自意識をどんどん肥大化させがちなSNSの言語空間に慣らされた目には、その抑制の効いた表現姿勢がとても新鮮で心地いい。作者の筆致がつつましいいように、そこに描かれる家族の姿も実に純朴で味わい深い。それがひときわ神々しく感じられるのは、たとえば題名となっている「夕べの雲」のように、その一瞬々々が形を変えて過ぎ去ってゆくものであることをどこかで感じさせるからだろう。時の流れの中に浮かんでは消えてゆくかけがえのない日常の断片。それを丁寧にすくい上げた秀作。

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