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張良雑考②──その出自について

 歴史雑記093
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※ヘッダ画像は『史記』留侯世家の冒頭部分。版本はいわゆる高麗版で、円光寺旧蔵。現在は国立国会図書館デジタルアーカイブで誰でも閲覧できる。

はじめに

 先日、Twitterのスペースで秦末漢初の話を1時間ばかりした。
 その際も張良の話は反応がよかったので、これは需要があるぞと味をしめて2本目をいそいそと書くことにした次第である。

 さて、張良が劉邦の陣営で異彩を放っている理由のひとつとして、「旧六国の丞相の家系」であるという点がある。
 劉邦は警察署長、蕭何や曹参も現地採用役人であり、いずれも高貴な家柄ではない。
 樊噲は犬肉屋だし、他の面々も葬式を仕切るのが上手かったり、布を売っていたり……といった具合であるから、やはり張良は特殊な事例と目されるのである。
 今回は、そのあたりを少々深掘りしてみることにしよう。

留侯世家の記載

 とはいえ、その張良の出自については、いまのところ説話だらけで取り扱いの難しい留侯世家のみが根拠である。
 ここに当該部分を引用し、大意を示しておこう。

留侯張良者、其先韓人也。大父開地、相韓昭侯、宣惠王、襄哀王。父平、相釐王・悼惠王。悼惠王二十三年、平卒。卒二十歲、秦滅韓。良年少、未宦事韓。韓破、良家僮三百人、弟死不葬、悉以家財求客刺秦王、為韓報仇、以大父、父五世相韓故。(留侯世家)

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