【ep.2】届けたかったノクターン
私は普段、あまり後悔することがない。
…というより、しないようにしている。
それはきっと、後悔してもどうしようもないことがあると、痛いくらい知っているからなのかもしれない。
*
私には、感じられる情報量が人より多い(のかも)。
表情の変化、声のトーン、助詞一つの使い方でさえも、その人の本音が見える気がして。
今より敏感だった子どもの頃は、自分が伝えるときもそういった "ノンバーバル" な伝え方を駆使していたように思う。
だって、言葉ではっきり伝えるのは怖かったから。
だって、みんなも同じように感じていると思っていたから。
そんな淡い期待が崩れ去ったのは、小学校5年生の頃。
「親子でも、言葉で伝えないと分かるわけないでしょ。エスパーじゃないんだから」
母の一言で、ガラガラと音を立てて壊れていくのがわかった。私だって、通じないかもと気づき始めていたよ。それでも、"母" ならわかってくれるんじゃないか、理解しようとしてくれるんじゃないかって…信じていたのに。
「言葉で伝えなければ」という謎の使命感と、「表現したって届くわけない」という諦めの心情。今も苦しんでいるそんな矛盾が生まれたのは、このときなのかもしれない。
*
通じ合えなさに寂しさを抱きながらも、母のことは大好きだった。二人の弟がいる長女だから、勝手に「しっかりしなきゃ」と力んで、甘えるなんてできなかったけど。
中学生になって、テスト期間で私だけ早く帰宅できるときには、母と二人だけで普段は行かないモスバーガーでランチしたりして。
母を独り占めできる特別感…。テスト期間は楽しみだった。
そんな中学2年の3月。私と一番下の弟は同じ先生にピアノを習っていて、毎年その時期に発表会があった。
その年に弾いたのは、テンポが早く難しい曲。でも母には「技巧的なだけでつまらない」演奏だったらしい。発表会後に行ったレストランで、弟ばかりが褒められた。まるで私の演奏なんて何もなかったみたいに…。
来年は母を振り向かせたい。そう思い、中3になってから選んだのは、ショパンの『ノクターン第二番』。
練習を始めてわりとすぐ弾けるようになったけど、より美しく、より叙情的に弾けるよう、始めて "表現" を意識して練習した。家のアップライトピアノで、わざわざサイレントモードにして。
春の発表会で母を唸らせるため、それまで一度も聴かせないようにしよう。そう心に決めていた。
突然母が亡くなったのは、風が一層冷たくなる秋の終わりだった。あの日、闘病していた母はいつも通り定期検診に行き、いつも通り帰ってくるはずで。治療中の事故だったらしい。
1日1日、母の声が、母との思い出が遠ざかっていく怖さ。数え切れないくらい後悔して、数え切れないくらい一人で泣いた夜を越えて。
時間が経って喪失感が少しずつ薄れてから気づいたのは、「もう二度と母と心を通わすことはできない」という定めだった。
「つまらなくても、一生懸命練習したんだよ」と言えば良かったのかもしれない。「それなら来年はお母さんが好きな曲を弾くから」と。ただ唇を噛みしめるのではなく、声に出せば良かったんだろう。
結局私はまた、ノクターンという非言語な表現に寂しさも悔しさも全部しまい込んでしまって、その想いはどこにも行けなくなってしまった。
どんなに悔やんでも、もう会えない人との関係は変えられない。だからせめて同じ想いをしないよう、胸に刻んで進んでいくしかない。
それがたぶん、歌を作る最初の原動力になったのだと思う。
*
音楽に乗せれば届くだろうか。
クラシックはめっきり弾かなくなった今でも、ノクターンだけはまだ覚えていて。ときどき想いを込めて、空のかなたに届けてみる。
***
「私が私を表現できるようになるまで」の物語集。ep.2は、今でもやっぱり泣いてしまう母とのお話。
当時は、自分の気持ちを言えない私はダメなやつだと劣等感でいっぱいだったけど。どんなに伝える努力をしても、相手が受け取ってくれないと相互理解って深まらないよなと、今は思う。
あの頃の私は努力不足だったのではなく、ただ単に伝え方のレパートリーが少なく、母に届く言葉を持っていなかったのだろう。
あのとき「もっと理解したいから教えてほしい」という言い方をしてくれていたなら…。何か変わっていたかもしれない。
そう思うからか、人に声をかけるときはいつも「言ってよ」ではなく、「なんでも聴くよ」を大事に伝えている気がする。改めて、そう意識していきたいな。
私が「表現できるようになるまで」、まだ "できなかった" 話が少し続きますが、次回のお話も見守ってもらえると嬉しいです^^
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このお話をテーマにした動画を作りました。
テーマはオリジナル曲の「雨のむこう」。
予告編・朗読・歌と3つアップしているので、ぜひあわせてお楽しみください!
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