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【カサンドラ】 31.本性

久しぶりに千恵と2人で飲みに行った。
千恵は人生を左右するほどの大きな恋愛に2年ほど苦しみもがき、
少し落ち着いた今はたまに合コンに誘う程度で
以前ほどは会わなくなっていたけれど、
何かと私を心配して連絡をくれたり
気遣ってくれて、
この日も、私の様子が気になって誘ってくれたようだった。

藤沢駅近くのレストランで互いの近況を話し、
そのあと海沿いにできた目新しいバーに入った。
赤い螺旋階段を上った2階にある小さな店は、レトロなゲーム機やガチャガチャが設置されており
昭和50年代のムードが漂う洒落た内装だった。
ラフなTシャツ姿の店主は、一重まぶたの目を細めたまま軽いノリで一見の私達を迎え
ボックス席に案内したが、
カウンターで常連客の相手をしながら、会話に私達も巻き込んでくる
リピーターを掴む方法で接客をする人だった。
しばらくして店主が、自分のグラスを片手にこちらのボックス席に移動してきた。
黒髪の短髪で、日焼けして浅黒い首元には
「S」とイニシシャルが刻印されたプレート型のハワイアンジュエリーが輝いている。
「この辺の人ー?」
ソルティードッグ2つとラムコークをカチッと合わせた後、
店主がニコニコと会話を切り出した。
「そう。すぐそこに住んでる。」

私達もそれぞれの環境を説明して、話を弾ませる。
店主は新婚で、もうすぐ子供が生まれるらしく、
それをすごく嬉しそうに話していた。
これが職業であるのだから当然なのだろうけれど、
会話を投げるテンポやリアクションが上手く
私たちを楽しませてくれた。
大声で手を叩いて笑い、こちらの話にも大きく反応をくれて
楽しんでいるのは千恵も一緒だと思っていた。

深夜2時を回る頃に、千恵が帰ると言い出したので店を出た。
階段を降りたところにある植え込みに座って一服しようと、
千恵の隣に腰かけると共に千恵が強い口調で話をはじめた。

「オト絶対結婚できないよ」

私は驚いて千恵の顔を見た。

「あの人結婚してんだよ?なんでそうゆう人ばっかり気に入るの。
自分の幸せ考えなよ。オトのこと本当に好きになってくれる人好きになりなよ。
飲み会やってもさぁ、オトがいいって言う人いっぱいいるけど外側だけじゃん。
全然いいモテ方じゃないよねそんなの。
みんな遊び相手にしか見てないんだよオトのこと。そんな人ばっかりいつまで相手してんの?いい加減気付きなよ。」


仕事で関わる人間や彼氏には言いたいことをなんでも言うけれど、
仲の良い友達には何も言えず、喧嘩の一つもしたことがなかったから
千恵にこんなに強い口調で何か言われたのも初めてで
びっくりして、何も言えなくなった。
人格否定された気がして、涙まで出てきて
千恵の説教を黙って聞いていた。


非情で未熟な、私の本性。それを隠すために、いくつもの嘘を並べて生きてきたのに

彼女や嫁がいる男が自分の方を向くことで承認欲求を満たしていることも
その恋愛がいつも偽物で、中身を見てもらえず惨めな思いをしていることも
千恵はわかっていた。
そんなクソみたいな女と知っていながら、私と友達でいてくれて
私の幸せを考えて忠告をしてくれているはわかるのに
私は千恵との立場が突然逆転してしまったように思えて
恥ずかしさに耐えられなくなった。


私が周囲に見せていた、理想の自分像。
それは常に誰よりも上にいるという傲慢な考えの元に成り立つ
悲しい人間関係だった。
小学校に上がってから、親にさえ見せたことがない
演技ではない涙。
それを見られたら、私はもう、負けなのだ。


本当に心配してくれる友人の思いは、私に届かない。
本当に愛してくれる誰かの愛も、私には届かない。
そんなものは、最初から求めていないのだ。
友人や職場の人の死にさえ、寂しさの一つも感じない私にとって
親友や恋人との繋がりは、誰かに見せるためのパフォーマンスでしかない。
私が創ったドラマの中で、脚本通りに動いてくれないのなら
もう不要なのだ。


Avril Lavigne - Sk8er Boi

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