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【カサンドラ】 34.転嫁

席に戻ると間もなく、5号サイズほどのバースデーケーキが運ばれてきた。
未だ体内でフツフツと泡を出し暴れている怒りの塊を確認しながら
私は再び笑顔を作り、ありがとうございます。と伝え
ケーキに立てられた8本の蝋燭の火を吹き消した。
何かを察したのか、先程の話題には一切触れることなく
世間話を30分ほどした後、解放された。

どうやって帰宅したのか覚えていないが
自宅に着いて、玄関のドアを開けた途端先程まで社長に向いていた殺意が自分に向いた。

玄関からまっすぐ部屋の一番奥に向かい、テーブルの下にある籠を引き出し、
逆さにしてテーブルの上に出した。
10年前に特定疾患の病気になってから飲み続けているステロイドが12錠、
合わせて飲んでいる胃薬が3シート、メルカゾールが9シート
睡眠薬と安定剤が4シートずつ残っていた。
乱雑に重ねられ山になった薬を眺めながら、何をどれだけ飲めば死ねるのかを考えた。
しかし考えても、考えても、頭がまわらず
早く死ななければいけないという焦りだけに支配され
逆さにした籠を持ったままの両手は、氷点下の地にいるかのように大きく震えている。

籠を放り投げ、薬のシートを手に取り、凸部を押して中身を出そうと試みても
手の震えが酷くて、コロンと床に弾けた小さな錠剤を拾うことができない。
テーブルや床に散らばった錠剤を両手でかき集めようと身体を動かすと、過呼吸のような激しい呼吸困難に邪魔される。
早く死なせてほしい。
死なせてほしい。
それなのに、死ぬことさえ思うようにできないことに苛立って
どっと涙が溢れてきた。
荒く浅い呼吸に飲まれながら、震える手で携帯を開き、今度は母親に電話を掛けた。
とにかくこの殺意を、どこかにぶつけなければという
強迫観念に近い何かが私を支配していて
理性では止めることができない、錯乱状態だというのに
電話口から母親の声が聞こえた途端に瞳が乾き、呼吸が整った。
条件反射のように蓋をされた感情は、まるで最初から何も無かったかのように鎮まり返り
私は腹から上がってくる言葉を淡々と吐き出し続けた。

私の苦しみは全てあんたのせいだ。
私の病気も何もかも、全部あんたがいけない。
なぜ母親になろうと思ったんだ。

そんなことを数分間、なんの感情もなく機械のように吐き出す私に
母もまた、ふぅん、あぁそう。と、何の感情もないかのような受け答えをするだけで
互いが嘘の鏡を見ているかのような時間が過ぎた。



どうしてこんなに
孤独なんだろう。
周囲に誰が何人いても、いつも私はひとりぼっちだった。
海やクラブで遊んでいた頃も、
藤沢の街でたくさんの仲間に囲まれ、飲み歩いていた時代も、
誰かに愛され抱かれた夜も、
家族と一緒に、暮らした日々も。

ひとりじゃなかったことなんて、この世に生まれてから
一度もなかったよ。


私は酷い罪悪感に全身を覆われ
そのまま明け方まで、静かに泣き続けた。


それから1週間ほどして、母親から手紙が届いた。
ピンクや花柄が好きな母親が、無地の白い封筒と便箋に、
消え入りそうなボールペンで綴られた内容は、
“私の育て方が間違っていたなら謝ります。
ごめんなさい。
あなたに電話をもらってから、深く傷付き
泣いてしまいました。“


というものだった。
私は更に自らの罪を深く抉り、手紙をすぐに閉じて心の奥の奥に仕舞い込み蓋をした。
私の中の罪悪感と怒りは、次第に自分ひとりでは抱えきれない大きさになっていった。


Evernescence - Bring Me To Life

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