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「音の始源を求めて」「72°×5=360° ICON」立体音響作品を聴く

<曲 目>
<4チャンネル作品>
1. 空の時間(1979) 松本日之春
2. エメラルド・タブレット(1978) 佐藤聡明
3. リヴァラン(1977) 近藤 譲
<5チャンネル作品>
4. ホワイトノイズの為のイコン(1967) 湯浅譲二

主 催:大阪芸術大学音楽工学OB有志の会
協 賛:株式会社ジェネレックジャパン
協 力:スリーシェルズ

今年(2024年)はNHK電子音楽スタジオが誕生して70年とのことで、それを記念する企画の第一弾。

松本作品…西行の歌による作とのこと。選ばれている音が柔らかくて聴きやすい。金属的な打撃音から鳥の囀りのような音色に繋がる趣向もおもしろい。春の嵐を思わせる轟音が聴こえたりと、自然の景が浮かぶ。ただ、総じて微温的でこちらの集中が途切れぎみだった。

佐藤作品…限定的な素材を積み上げつつ、ニュアンスに富む音が紡がれていく。シンプルな音の構成に力が感じられる。後半では長いクレッシェンドからクライマックスが築かれる。こうした構成には時代を感じる。

近藤作品…奈良・法隆寺の銅鐸の音色にインスパイアされたとの逸話がMCから披露された。銅製打楽器を思わせる、ひどく割れた音が周囲のスピーカーから連打される。紛れもない近藤節である。ぐしゃっと潰れた音だが、持続がとても長い。実際の金属製打楽器ではこれほど音を長く保つのは困難なのではないか。5秒前に聴こえてしまうゴーストとも相まって奇妙な音世界が取り留めなく展開する。が、聴いていて不思議と心地よい。

本作より少し先行して作曲を進めていた、カウベル・アンサンブルのための「傘の下で(Under the Umbrella)」をだいぶ前に聴いた。その際に、トレモロによって音の形が不明瞭なせいで、何となく焦点が定まらない印象を受けた。トレモロを用いたのは、音の持続のための方策だったと想像される。本作を聴くと、作家が実現したかったのはこういう響きだったのではと感じた。

湯浅作品…前日には作家本人立ち会いのもとリハーサルがおこなわれ、テイク1は「僕の作品じゃない」と却下されたとの由。スピーカーの位置を上げるなど調整を重ね、OKが出たそうである。ホワイトノイズを素材とし、音自体はごくプレーンながら、5台のスピーカーの間を滑らかに飛び交うさまは実におもしろい。湯浅氏は、前年にシュトックハウゼンが同じくNHK電子音楽スタジオで制作した「テレムジーク」を「音が動かないじゃないか」と批判した。そこから生まれたのが本作だという。一つ前の近藤作品から遡ること10年、その時点でここまで厳しく、ユニークな音楽が創られていた。

クセナキスが「ペルセファッサ」で人力展開した音像移動と比べると、やはり、この作家らしくあくまでも理性的な音の操作の仕方だと感じる。作曲家が音というエネルギーの移動を、概念化したレベルで実現していくというべきか。オーケストラ作品におけるこの作曲家の構想を、より純度の高い形で看取できる。

貴重な音源を聴くことができ、また、当時の作曲家と、当時のNHK電子音楽スタジオの技術者たちの強い思いを肌で感じるひとときだった。
(2024年2月18日 浜離宮朝日ホール・リハーサル室)

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