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星詠みの窓

 帰宅してノートパソコンのスリープを解除し、パスワードを入力した。エンターキーを押してキッチンへ行き、冷蔵庫からペットボトルのジャスミン茶を取り出してグラスに注ぐ。リビングに戻ると今日もタイミングよくデスクトップが表示された。新規ドキュメント作成のボタンをクリックし、テンプレートから「ペルソナ」を選ぶ。今日調べた女性の調査結果を入力して、いくつかの情報を検索サイトで調べながらドキュメントを完成させていく。彼女に興味はないが、僕は星奈のために何人かの女性を調査している。
 星奈と僕は、大学のサークルで出会った。その頃彼女は占いに夢中で、算命学やタロット、手相の勉強までしていた。一方の僕は、もっぱら占ってもらうことの方が好きだった。だから僕たちはサークルで一緒に過ごす時間が長くなり、すぐにお互いを好きになった。大学卒業後、彼女はバイトをしていた占いチェーン店での仕事を続け、1年後に独立して『星詠みの窓』を開業した。僕は卒業後も就職が決まらず、そのまま彼女の家に居つくようになった。独立したばかりの頃、彼女はなかなか客が入らず苦労していた。しかし、ある時期から彼女はSNSで評判の占い師になった。
 星奈は時々、仕事が終わって家に帰ってくると、その日来た客のことを話してくれた。あるとき話を聞いていると、心当たりのある人物が思い浮かび、彼女に名前と容姿を伝えた。するとその客は僕の友人の妹だということがわかった。
「そんな偶然あるんだね」
 僕はそんなことを言いながら、友人の妹との思い出話をした。
 しばらくしてまた友人の妹が星奈の店に来た。星奈は僕から聞いた話を占いの結果に織り交ぜた。その内容に感動した友人の妹はその後も頻繁に店を訪れるようになった。星奈は店に来るたびに幸せになっていく彼女を見て自信を持つようになった。
「もっと多くの人の人生を輝かせたい」
 星奈はそう言って僕に協力を求めた。
「お客さんのことをもっと知る必要があるの。力になって」
 最初は渋っていたが、星奈の生き生きとする姿を見て僕は協力することにした。
 新しい客が星詠みの窓に来る。星奈はセッションを終えると僕に電話をして客の顔と名前を伝える。僕は店を出た客の後についていって少しでも多くの情報を集めて彼女に伝える。僕が彼女のトリックだった。占いの的中率が上がるにつれて、口コミの評価はどんどん上がっていった。
 中城霧子もその中のひとりで、初日は何も情報が掴めなかったことを覚えている。彼女は店を出るとすぐにオフィスビルに入り、夜9時にビルを出て電車で30分の自宅に帰宅した。僕はすぐに家に帰って彼女のことを調べたが、何度検索しても彼女につながる情報は見つからなかった。何日も彼女の行動を観察し、ペルソナのドキュメントを少しずつ更新するうちに、彼女に対する僕の関心はただの調査を超えたものになっていった。
 ある日彼女を調査していたときのこと。僕はカフェで彼女の後ろの席に座っていた。平日だというのにカジュアルな服装の彼女は、コーヒーを飲みながらスマホを眺めていた。1時間ほどすると立ち上がり、コートを片手に持ったまま会計を済ませ店を出た。僕も店を出ようとして席を立つと、ドアが開いてまた彼女が入ってきた。彼女は先ほど座っていた席に戻ってきて何かを探している様子だった。そして僕に声を掛けた。
「すみません、この辺りに手袋はなかったでしょうか?」
 僕が足元を覗き込むと、椅子の下に手袋が落ちていた。手を伸ばして拾い、その薄い革の手袋を彼女に渡した。
 彼女は安堵の表情を浮かべ、お礼を言った。その瞬間僕は無意識に彼女に声をかけていた。
 「よかったら、一緒にコーヒーでも飲みませんか?」
 彼女は一瞬戸惑っていたが、結局僕のテーブルに座って紅茶を注文した。彼女は自分のこと、特に最近の悩みについて話し始めた。僕は聞いているだけだったが、調査のことは一切忘れていた。
 それから僕たちは時々カフェで会うようになった。2人の距離は近づいていき、僕は彼女のことをもっと知りたいと思うようになっていた。彼女も僕に興味を持ったようで、僕たちの関係は徐々に深まっていった。
 霧子から星詠みの窓の話を聞くことはなかった。星奈から彼女の調査を頼まれることもなかった。しかし僕は彼女の調査を続けていた。あるとき僕は彼女が星詠みの窓に入っていくのを見た。1時間は出てこないことを知っていた僕は、カフェでパソコンを開いて時間を潰していた。すると携帯が鳴り、霧子がすぐに会いたいと言ってきた。僕はカフェにいることを伝えた。5分後にカフェに到着した彼女は、席につくなり話し始めた。
「私、ちょっと心配なことがあるの。正直に答えてくれる?」
 彼女の声は、少し震えているように聞こえた。
「あなたの周りに、たくさんの女性の存在を感じるの。私、あなたのことを信用してもいいの?」
「もちろんだよ、どうしたの急に?」
 そう言いながら、僕は彼女が次に発する言葉を想像しようとしたが、何も思い浮かばなかった。
「だったら私にそのパソコン見せてくれる?」
 徐々に身体が冷たくなるのを感じながら、頭の中でノートパソコンのスリープを解除した。ペルソナの一覧が表示され、一番上には中城霧子のファイルが表示されるはずだ。

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