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小説ですわよ第2部ですわよ4-2

※↑の続きです。
※2023/08/17 加筆修正しました。

「あたしたちの狙いは田代まさしじゃない。真の特異点と、その運命に干渉できる者よ」
「な、なんですか、それ!? マサヨさんはいったい……」
「つまり、あ――」
 マサヨの意地悪そうな笑みが消え、真顔になり、説明は中断された。見知らぬ男と女ふたりが近づいてきたのだ。
「まだこの街にいたのかよ」
「よくいられるね。新年から最悪な気分」
「図太いから平気で裏切れるんでしょ」
 男女はマサヨを見つけるがいなや、口々に罵声を浴びせる。マサヨは力なく目を伏せた。舞には叱られている子犬のように映った。
 なぜ罵られているのか、この連中とマサヨがどんな関係なのかはわからない。だが舞は咄嗟に蹲踞の構えをとり、いつでも相撲でぶちのめせる体勢を整える。シンプルにこの連中が不快だからだ。マサヨの異変と“真の特異点”は気になるが、少なくとも今この時点でマサヨは仕事仲間だ。それを傷つけようとする奴は許さない。
 しかし舞の意思を察したかのように、マサヨが手で制した。
「水原、いいから」
 男は「ふん」を鼻から軽蔑の息を漏らし、女ふたりを伴って神社のほうへと歩き去っていった。

 その背を見送り、舞はマサヨに訊ねる。
「あいつら、なんなんですか!」
「劇団の仲間……だった。私がアヌス02へ送られて、公演に出られなかったから怒ってるんだよ。代理の人を呼んだけど上手くいかなかったって聞いてる」
「それはマサヨさんが悪いわけじゃないでしょ!」
「そうだね……でも異世界に召喚されたせいで大事な公演に穴を開けたなんて信じてもらえるわけない」
「だからって……くそっ!」
 舞は構えを解き、右足で床を思い切り踏んづけた。行きかう人々が奇異の視線を向けるが、そんなことはどうでもよかった。
 マサヨは漆黒のコートのポケットに両手をつっこみ、ふっと微笑む。さっきの意地悪そうな笑みとは違って、自然なものだった。
「水原はいいヤツだね。イチコが気に入るのもわかる」
「いや~、それほどでも」
「そこは謙遜しなさいっての。でも本当。あんただけじゃなくてイチコも綾子も、岸田や軍団、七宝も。みんなみんな、いいヤツ」
「はい。だから劇団のことは忘れて、事務所で楽しくやっていきましょうよ」
「そうしたい。できることなら。私に残った人間の心は、そう言ってる」
「えっ……なんて? 残った人間の……?」
 混乱していると、マサヨが笑みを浮かべた。舞の背筋に戦慄が走る。その笑みは共有した記憶で見た、アヌス02特有の張り付けたような笑みそのものであったからだ。
 戸惑う舞の心は、耳をつんざく重爆音で我に返る。花火大会のそれではない、確実に何かが壊れ、砕け、吹き飛ぶ音。それが裏筋駅の近く、事務所がある方向から轟く。駅の目の前にあるデパート越しに、灰色の煙が立ち上がる。それを通行人が足を止め、見上げていた。

 マサヨだけは、両手をポケットに突っこんだまま舞を見つめてくる。特定の感情を表すものはなく、ただ淡々と、目を赤く光らせて。
「ごめんね、水原」
「説明してください、マサヨさん! あの爆発は!? 事務所は無事なんですか! あなたが何かやったんですか! 真の特異点って!?」
「話せば絶望するだけ……愛助、やって」
「合点承知の助ナリ!」
 それまで棒立ちだった愛助が、頭から舞の胸へ飛びこんでくる。舞は本能的に、身をひるがえして避けた。相撲の“変化”と呼ばれる技だ。愛助は駅の柱にぶつかり、ひっくり返ったまま手足をジタバタさせてもがいている。すかさず舞は、マサヨの脇を走り抜け、事務所を目指す。マサヨがなにかしらの攻撃を加えてくることに備えたが、マサヨは驚くこともせず、走る舞の背中を赤い目で見つめていた。
 なにを企んでいるのかはわからない。しかしマサヨに構っている暇はない。アドレナリンのように湧き出る不穏な想像を振り払い、事務所へ急ぐ。近くのデパートの中を通れば早いのだが、まだ開店していないので、ぐるりと敷地を周りこんで、細い路地に入る。通行人たちは爆発の瞬間こそザワめいていたが、今は何事もなかったかのように歩いている。綾子の魔法によって事務所の存在が認識できないためだろう。

 路地を直進していくと、目の端に事務所が入ってくる。この時点で、ただならぬ事態が起こっているとわかった。爆発を伴い、何度も黒煙が上がっているのだ。だから事務所に到着しても、その惨状に驚きはしなかった。
 建物の3階、イチコと軍団の寝床は完全に吹き飛んでいる。そこから下の階も外壁は焦げて一部が剥がれ、ガラスはすべて粉々に砕け散っていた。ピンピンカートン探偵社の看板は、マヌケにも斜めに傾いて落ちていた。幸いというべきか、ピンキーセプターとMMは無事だ。しかし、人間は……?
「イチコさん、みんな!」
 風に乗った黒煙と熱気でむせそうになるが、舞は躊躇なく事務所の階段を駆け上がっていく。2階に着くと同時に扉が開き、イチコがよろめきながら出てくる。
「水原さん……逃げて……」
 イチコの黒スウェットは焼けて、あちこちが破れ、そこに刺さった破片から血が滴り落ちている。
「イチコさんたちも逃げるんですよ! 軍団は?」
「2階でTTSをやってたから、無事……事務所には姐さんの魔法がかかっているしね」
 確かに幾度もの爆発にしては、被害が小さいほうだ。イチコの肩越しにゴールドたちが、うずくまっている。
 胸を撫でおろしたのも束の間、2階の天井の亀裂が広がり、崩落の予兆を見せ始めた。
「ひとまず外へ退避しましょう。みんな、立てますか?」
 各々、返事の代わりによろよろと力なく立ち上がり、階段を下りる。駐車場スペースの前で全員が座りこみ、困惑と不安のため息を漏らす。イチコも珍しくまゆ毛をハの字にしていた。

 無傷の舞はつとめて冷静に、状況確認を行うことにする。
「これで全員ですか?」
「姐さんと爺やは家にいるはず。他の軍団はセーフハウスと、特異点をそれぞれ監視中だよ」
 事務所にいたのはイチコ、ゴールド、シルバーだけのようだ。間髪入れずゴールドが背面のこげたノートPCを操作しながら話す。
「社長と軍団にはチャット送っといた。七宝はどうする?」
 舞は人差し指をあごに当てて思案した。何も連絡しないのは論外だ。危険がないよう嘘をつくのがいいか。しかし珊瑚のことなら気づくだろう。とはいえ本当のことを伝えたら、逆に心配して事務所へ来るかもしれない。
「事務所の状況を伝えた上で、万が一に備えてお母さんを守るように指示しましょう。軍団から七宝さんの家に護衛を回せますか?」
 ゴールドは「ん」と短く応答し、素早くキーボードを打つ。
「パープルが空いてるから行ってもらおう。家知ってるし」
「これで事務所全員に情報伝達できましたね」
 するとイチコの眉は緊張が解かれ、ゆるやかなカーブを描いた。
「水原さん、助かる。私、気が動転しちゃってさ」
「いえいえ、咄嗟にやっただけです」
「姐さんより頼りになるんじゃないの? 社長の座、狙っちゃいなよ~」
「第2の細木数子は狙いませんけどね。って、怒られますよ」
「ハハーッ!」

 シルバーが苛立たしそうに頭をかき、前歯の抜けた口で話す。
「しっかし誰がこんなことやりやがったんだ。ブチ殺すぞ」
「ガス漏れとかじゃないの?」
「ガス爆発程度で、魔法がかかった事務所がこんなになるわけねえよ」
「ハハッ、そりゃそうだ」
「あ、そのことなんですけど!」
 舞はマサヨの異変について、急いで話した。
「マーシーが……」
「爆発と関係あるかはわかりませんけど……」
「関係あったらブチ殺す!」
「まだ確証はないんだ。殺したりしたらダメだよ」
「い、いや、そりゃわかってるって」
 イチコが細い声で顔をしかめる。驚きや怒りではなく、悲しみを浮かべていた。信じたいという、すがる気持ちも伺えた。
 ゴールドがノートPCを閉じて立ち上がり、重くなりそうな空気を断つ。
「仮に田代が敵なら、ここにいるのはマズいんじゃない?」
「だな。新年の挨拶がてら、綾子ちゃんとこに避難しようぜ」
 シルバーが親指でクイクイっと駐車場を指し、舞たちが車に乗ろうと歩き出す。
「お、お~い、みんな、どこ行くんですか~?」
 ハイトーンの上擦った声が近づいてくる。全員に一瞬だけ緊張が走るも、それは杞憂だった。紺色ジャージの美形が、お菓子とジュースをパンパンに詰めこんだコンビニ袋を揺らしながら、こちらへ走ってくる。
「あ……ネイビーブルーに買い出し頼んでたんだった」
 イチコと軍団が声を揃えた。今の今まで忘れていたらしい。
 事務所の有様を見たネイビーブルーは「どっひゃあ!?」と可愛らしく仰天して、尻もちをついた。舞が簡単に状況を説明してやる。
「そ、そうだったんですね。皆さんご無事でなによりです。僕は顔の良さだけが取り柄で、TTSもすぐに負けちゃったから、コンビニへ買い出しに行ってたんです」
 相変わらず隙あらば容姿の自虐風自慢をしてくるので、舞は苦笑いするしかなかった。

 さらにネイビーブルーは「甘いものを食べれば元気になる」と状況を読まずに、コンビニ袋へ手を突っこむ。
「待って、ネイビー。お菓子は移動しながら――」
 一条の閃光が舞の眼前、ネイビーの右脇を走る。
「へっ?」
 菓子とジュースが詰まっているはずのコンビニ袋が消えた。いや、それを持つネイビーブルーの右肩から指先が、丸ごと消し飛んでいた。ほぼ同時に、ネイビーの後方の地面がえぐれ、破片をまき散らす。
「おか……し」
 直後、舞の顔面に生ぬるい液体がかかった。目に入ったときの色で、それが血だとわかった。
「あっ、うああああああああああっ!!」
「ネイビーっ!」
 ネイビーがきりもみ回転しながら仰向けに転倒し、のたうち回る。舞の思考と身体は完全に停止した。ゴールドとシルバーもネイビーに振り返ったところで固まっている。そんな中、イチコが閃光の飛んできた方向に誰よりも早く視線を移す。ここで舞は、ようやく事態を理解し始めた。何者かの銃撃によってネイビーの右半身が吹っ飛ばされたのだ。

 舞は遅れて、イチコの視線を追いかける。そこにいたのは、ある程度予想がついた。
「蜘蛛……!」
 年末に破壊した蜘蛛型のロボット――正確には、それと同型の兵器――が、赤いカメラアイを光らせていた。砲身からは硝煙がたちのぼっている。
 ゴールドはPCを抱えてその場に伏せ、シルバーは腰にチェーンでぶらさけていたレンチを構え、イチコはスマホに叫んだ。
「ピンキーセプター、MM! 緊急発進!」
「かしこまりました」
「発進します」
 機械音声が反応し、2台のエンジンが稼働。フロントライトが灯る。機械蜘蛛がカメラアイを2台に向けた。ピンキーセプターとMMは蜘蛛の銃撃を受け止めながら猛スピードをあげて直進する。

 その隙に舞はネイビーブルーに駆け寄る。
「ネイビー、逃げるよ!」
「う、あ……」
 血が流れているというレベルではない。ネイビーの血液すべてが出てしまったかのような真紅の海が広がっていた。
「ブルーと2代目つんおじに来てもらおう。つんつんしてもらったら、これくらいの傷、すぐ治るからね」
「私とブルー、色が被ってるから悔しい……」
「治ったら、いっぱい悔しがればいい」
 血で滑りそうになりながら、舞は“まだ残っている”ネイビーの左半身に腕を回して起き上がらせる。
「そ、そうだ……私の顔、平気? 残ってます?」
「バッチリ整ってるよ」
「よかった。顔だけが取り柄なのに、それがなくなっちゃったら……」
「こんなときまで自慢やめろ! まあ、余裕があってなにより」
 正気を保っているとはいえ、この損傷と出血は普通なら即死レベルだ。早く車に乗せ、ブルーたちと合流しなければ。粘性の血だまりで転びそうになるのをこらえ、ネイビーを支えて歩き出す。

 しかし肝心のピンキーセプターとMMは、機械蜘蛛が放つ銃弾の雨を受け、足止めを食っていた。一発一発の衝撃が重く、前進がままならないのだ。イチコとシルバーが機械蜘蛛にとりつき、頭部を破壊しようと試みるが、蜘蛛は2台への銃撃を続けながら器用に足の一本を曲げて、イチコたちを振り落としてしまう。
「くそったれ、ブチ殺せねえ!」
 と、ピンキーセプターが苦しそうに(感情があるのかはわからないが)ライトを不規則に明滅させ、舞たちのスマホに通信を送ってくる。
「状況打破の提案です。本車で機械蜘蛛を空中へ飛ばし、そこで自爆します」
 ピンキーセプターのカーナビは、平坦に淀みなく言ってのけた。こちらが答えに窮していると、カーナビは抑揚なく続ける。
「その後、皆様はMMに乗って脱出してください」
「ハハッ、冗談だろう? そんなこと……」
「飛翔と自爆に必要なメタンガスはチャージされています。承認を」
「そうじゃない! 死ぬんだぞ!」
「我々に死は存在しません。機能が停止するだけです。あの機械蜘蛛も同じです」
「違う!」
「同じです」
「ふざけるんな! クソッ、ふざけるなよ!」
 声を荒げるイチコは最近では珍しくないが、言葉遣いまで乱れるのは初めてだった。その理由はわかる。仲間を犠牲にして逃げろなどと、心の中では理解しても受け入れられるはずがない。
「ネイビー様もMMも、危険な状況です。承認を」
 カーナビが端的に返答を促す。
「……水原が承認します」
 舞も同じように返した。それがピンキーセプターの判断に対する敬意であった。
「水原さん!」
 叫ぶイチコには、ただ首を振って応えた。イチコもわかっているのだろう、諦めて肩を落とした。
「では行動開始。メタンガス、噴射」
 硫黄臭が一気に辺りへ立ちこめ、ピンキーセプターが黄色いガスを車体後方から噴射しながら急加速する。その勢いは銃弾を暖簾のように押しのけ、瞬く間に機械蜘蛛と激突。金属同士が軋み、火花があがった。そして今度は車体の底からガスを噴射し、蜘蛛ごと垂直へ急上昇していく。1秒の経過するかしないかの時間で、ピンキーセプターと機械蜘蛛は米粒サイズに見えるほどの高度に達した。
 そこで上昇が止まり、はるか上空でライトが数度明滅する。
「自爆カウント開始。10、9……皆さんとすごした日々は忘れません。最後にアガる音楽を」
 スマホから細川たかしの『北酒場』が流れ始める。
「ピンキーセプターぁぁぁっ!」
 イチコの叫び声は鼻づまりで、震えていた。返すカーナビの音声はわずかに跳ねているように聞こえた。
「ふふ、泣いてくださることを誇りに思います。3、2、1……」
 『北酒場』は細川たかしが軽妙に歌い出す前に途絶える。桃色の閃光が空を照らし、ボッと遠方で花火があがったような爆音が聞こえ、静寂が戻った。

「くっ、ううっ……」
 イチコが人目もはばからず、滝のように涙と鼻水を垂らす。しかし感傷に浸っている場合ではない。ここから退避し、ネイビーを治療しなければ。MMがこちらへ距離を詰め、運転席、助手席、車体後部のドアを一斉に開く。ゴールドとシルバーが真っ先に、後部から乗りこんだ。イチコはボロボロのスウェットで顔から垂れ出た水分を拭い、舞がネイビーを運ぶのを手伝ってくれる。ネイビーは顔をうなだれ、目を閉じていた。わずかに鼻から呼吸をしているので生きてはいるらしい。気絶した人間は、ふたりがかりでも重かった。ゴールドとシルバーにも手伝えと文句を言いたかったが、ふたりの疲れ果てた表情を見て飲みこんだ。爆発と襲撃、ピンキーセプターの喪失でとても動ける状態ではなさそうだった。

 どうにかネイビーを車体後部から乗せ終え、ドアを閉めようと手をかけたとき、背後で何者かが砂利を踏む。
「ネイビーは、病院に運んだほうがいい」
 うなる獣のような声に振り向く。漆黒のコートをまとい、赤い目を光らせてマサヨが立っていた。
「マサヨさん!」「マーシー!」
 愛助の姿はない。まだ駅でひっくり返っているのか、別行動なのか。
「ブルーのセーフハウスは爆破した」
「そ、そんな……どうして!」
「残りの軍団もね」
「――うあああっ!」
 舞はイチコが飛びかかろうとするのを両手で抑えつけた。今はネイビーの治療が最優先だ。
「マサヨさん、私たちは急ぎます。あなたを許せるかはわからないけど、あとで話をしてください」
「そうね。急ぐべきだわ。ネイビーはね」
「……?」
 マサヨが張り付いたような笑顔で、宙をそっと撫でるように滑らせた。すると空間が歪み、愛助が姿を露にする。機械蜘蛛とおなじ光学迷彩だ。
 愛助は一言も発さず、駅でそうしたように、頭からイチコめがけて飛びこんできた。イチコは咄嗟に構えようとするが膝の力が抜け、よろめく。舞はイチコと愛助のあいだに割って入り、頭突きを胸で受け止める。

「水原さん!?」
 肺を押されて「ヒュッ」と情けない息が漏れた直後、舞の全身が淡い光を帯び、輝く粒子となって分解され始めた。
 舞はこの状況に覚えがあった。返送だ。返送者はピンキーセプターに轢かれると光の粒子となって、異世界へと送り還される。
 だが自分は? この世界である舞はどこへ飛ばされるのか。帰ってくることはできるのか。不安と疑念が心臓の鼓動を一気に早める。
 舞の指先から肘へ、そして足先から膝へ……みるみると身体が透明になっていく。
「マーシー、なにを!」
 イチコは再びマサヨへ飛びかからんとする勢いだ。舞はまだ粒子化していない肩でイチコを車内へ押しこみ、叫んだ。
「MM、全ドアロック! 安全が確保できるまで自動運転モード!」
「水原さん、どうして!」
「了解。緊急発進します」
 MMは無情に返答し、舞を残して事務所の敷地内から飛び出していく。
「水原さぁん!」
 くぐもったイチコの声と、ドアを叩く音が小さくなっていく。

 マサヨはポケットから一角獣の折り紙を取り出し、その角が歪んでいたので指先で撫でて整えた。
「アンタなら、そうすると思ってた」
「マサヨさん、なにがしたいんですか!? 話してくれないと、私はあなたを許せそうにありません」
「話しても許せないと思う」
 そして、そのまま舞を見ることもなく吐き捨てる。
「この世界でやり残したことは? 可能な限り代わりに叶えてあげる」
「誰も傷つけないで! 誰からも奪わないで!」
 咄嗟に浮かんだ想いを言葉にして絞る。マサヨは一角獣の折り紙に視線を落とし、撫でたまま当たり前のように言い放った。
「無理ね。もう少し現実的な願いを」
 肩から首、腹から胸……舞の大半がこの世から消えようとしていた。
「くそっ、くそっ! じゃあ、せめて私の給料をお母さんに渡して!」
「ふふ。あんた、ホントにいいヤツすぎる。でもわかった」
「くそがぁっ、約束守れよ! 絶対だからなぁぁぁっ!」
 叫んだ途端、舞の意識が遠ざかる。視界はグルグルと螺旋を描き、肉体はプールで泳いだあとのようにダルく重く脱力してしていく。瞼は意思に抗えず落ちていき――

 舞はヒリついた喉の渇きと、鼻や口に異物が詰まった不快感に目を覚ます。一面、茶色い砂、砂、砂。狂ったように大きく、プロミネンスを揺らがせる二連の太陽。その光景が360度、地平線の向こうまで延々と広がっている。
 舞は立ち上がってみたものの、力が入らずに、すぐさま両ひざをつく。そして今の状況を整理し、絶望から両手を砂の海についた。
「異世界に飛ばされたっていうの……!?」

つづく。