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小説ですわよ第2部ですわよ3-9

※↑の続きです。

 イチコが着席し、顎に手を当てる。
「巨大人型ロボット兵器か。鉄人28号みたいな?」
「大体そんな感じだ。4~50メートルくらいはあったな」
 ビーバー店長が懸命に背筋を伸ばし、両手を大きく上へ広げる。かなり巨大というジェスチャーのようだ。舞には鉄人28号はわからなかったが、巨大人型ロボット兵器で思い浮かべたのは、紫色で手足が長く猫背のアレだった。

「オレンジジャージのお嬢ちゃん、小松菜くれないか」
「あ、はい、どうぞ」
 珊瑚がスーパーの袋から小松菜を取り出し、おずおずとビーバー店長に差し出した。店長が前歯を輪転機のように高速で動かすと、瞬く間に小松菜の葉が消えていく。
 店長は「プフ」と小さいゲップを吐き、手で口元を拭う。
「サンキュ。次はリンゴ頼むわ」
「残ってますけど、いいんですか」
 珊瑚が茎だけが残った小松菜を差し出したまま聞く。
「あんまり好きじゃねえんだ」
「SDGs全盛の時代に……」
「あんなもん人間の理屈だろ。オイラはビーバーだからよ」
 店長は肩を上下に振るわせて笑った。グルメで図々しいビーバーである。

 マサヨが充電中の愛助に優しく手を置きながら、話題を戻す。
「いずれ巨大ロボットが送りこまれてくるってことか」
「そいつで、この世界を制圧するつもりなんだろ。で、特異点に干渉して、あらゆるマルチアヌスを自由自在に操ろうってところか」
「もしそうなったら勝ち目は薄いわね」
 神沼重工――アヌス02の科学力は、この世界より遥かに発達している。巨大ロボットに対抗できる姿が、舞にはイメージできない。
 珊瑚にリンゴを食べさせてもらいながら、店長が明るいトーンで話す。
「だがまあ、対策を練る時間はあるだろうぜ。もしヤツらがその気なら、初手で巨大ロボットを送りこんでくるはずだ。今ごろ特異点も敵の手に落ちているはずだ。でもそうじゃねえ」
 確かにその通りだ。今すぐ動けないからこそ、神沼重工はマサヨを尖兵にしようとしたのだ。
「この件、持ち帰って社長と共有しましょう」
 舞は立ち上がってイチコ、珊瑚、マサヨに視線を送る。

 と、舞のタブレットが勝手に起動し、綾子が映し出される。
「聞いてたわ。カードも入手できたようね、お疲れさま。続きは事務所で話しましょう」
 それを店長が覗きこんで、食べかけのリンゴを噴き出す。
「あっ、お前! 綾子じゃねえか!」
「久しぶりね、店長。まさかカードショップをやってるなんて思わなかったわ」
「お知り合いなんですか?」舞は店長と綾子を交互に見比べる。
「昔ちょっと……ね」
「ちょっと……な」
 揃って奥歯に物が挟まったような口ぶりなので、追及するのはやめておいた。

 とはいえビーバー店長が何者かは気になるので聞いてみる。
「オイラはよ、呪われてたんだ」
 店長は元々、この世界に住む普通のビーバーだった。寿命を全うしたあと異世界に転生し、喋れるようになったという。
 だが好奇心の強さと口の悪さが災いし、魔女に呪われてしまった。その呪いとは、108つのマルチアヌスを強制的に巡らされるというものだ。
 店長は行く先々の世界で、得たものを売り歩いて生計を立てていたそうだ。商品は各世界の現地人に珍しがられて売れたが、呪いのせいで金持ちになれそうなところで売り上げを没収され、次の世界へ移動させられてしまったらしい。
 そして20年ほど前、ようやく108つの世界を巡り終え、この世界へ帰ってきたのだった。

「苦労されたんですねぇ」
「まあな。だからよ、異世界に送られる孤独感ってのはわかるつもりだぜ」
 店長がマサヨを見やる。マサヨは愛助からUSBケーブルを引き抜き、胸元で抱きしめた。愛助はまだ充電が足りないようで『充電中ナリ( ;∀;)』と顔面ディスプレイに表示されている。
「でも新しい友達ができたから」
「こっちで再会できてよかったな。大事にしろよ」
「ええ、ありがと」
 店長がサムズアップし、マサヨも同じように応える。
「じゃあ帰りましょうか。充電の続きは事務所でやるわ」
 全員が立ち上がったところで、タブレットから綾子が釘を刺してくる。
「帰りは暴走しないでよ。それとカードの扱いは、くれぐれも慎重に」
 珊瑚は『田代まさし&ぬーぼー』のカードをアタッシュケース(ピンキーセプターに積まれていた)にしまった。緊張のためか、両肩がいかり気味になっている。
「ううっ、僕のカード……」
 kenshiが部屋の隅で、体育座りのまま涙交じりに言葉を絞り出す。店長はkenshiに歩み寄り、背中をさすってやった。
「そう気を落とすなって。なんか新しいカードやるからよ」
「そのカードは店ごと吹っ飛んじゃったじゃないか」
「あ……じゃあ、転売屋狩りでもしようぜ。あいつら最近、トラックでいろんな店を襲ってるらしい」
「うん、転売屋狩りしよう!」
 kenshiが勢いよく立ち上がった。相変わらず仮面で顔は隠れているが、跳ねるような声色で機嫌が戻ったとわかった。舞たちは店長とkenshiの物騒な会話は聞かなかったことにして、帰ることにする。
「ビーバー店長、お世話になりました」
「おう! なんかあったら助けに行くからよ」
「ありがとうございます。それじゃ、私たちはこれで失礼します」
 舞たちは店長に一礼し、地上へ続く階段に足をかけた。

 事務所に戻り、いつものJリーグカレーを食べながら、綾子は巨大ロボット対策について話した。まずは世界各地の吸血鬼たちに、協力を要請するそうだ。そして軍団たちは特異点の監視と警護を強化し、対巨大ロボットの兵器開発に着手することとなった。
 綾子は明言しなかったが、ブルー(と2代目つんおじ)の隔離はまだ続いているようだ。綾子の中では、マサヨのスパイ疑惑はまだ解かれていないということである。
 舞は心情としてはマサヨを信じたいが、そうもいかないと理解している。というのも、愛助が充電切れの直前に言ったことが気にかかっていた。
『ワガハイ“も”改造されて……』
 額面通りに受け取るなら、愛助の他にも誰かが改造され、洗脳を受けていることになる。それがマサヨである可能性は捨てきれない。マサヨと共有したビジョンでは改造された形跡はないが、そもそもあの光景が“記憶”とは限らない。都合のいい幻覚かもしれないのだ。
 マサヨを疑うのは心苦しい。だが彼女を信じたいからこそ安易な情に流されず、あらゆる可能性を想定しておこう。舞は葛藤をJリーグカレーと一緒に水で胃袋へ流しこんだ。
 ちなみに先ほどスーパーで買ったハムカツは、当然ながら即バレした。舞とイチコは他の面々から白い目で見られながら、カレーを食べるはめにはった。
 ハムカツはおいしかった。

つづく。