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小説ですわよ第3部ですわよ3-3

※↑の続きです。

 クリス・ロックがウィル・スミスにビンタされたとき漏らしたウンコをメルカリで落札したよ!

エイプリルフール、社内チャットにおけるイチコの投稿より

 週が明け、2023年4月3日(月)19:24。
 矢巻に関する最初の調査は、定時後に行われた。
 イチコと舞の乗せたピンキーが、ちんたま新都心駅の西口に広がる廃墟地帯で停車する。正月に、並行世界アヌス02の尖兵である巨大先行者と、巨大ぬーぼーが激戦を繰り広げた場所だ。その結果、多目的アリーナや周辺の高層ビル群は破壊し尽くされていた。一帯はちんたま市が封鎖し、瓦礫の撤去が進められている。ライフラインも破壊されたらしく、夜になると周辺は闇に支配される。ピンキーのヘッドライトが、剥き出しになった鉄骨を不気味に照らした。
 ここ数日、矢巻の手下らしき反社が出入りし、夜間に瓦礫を回収しているという。綾子は矢巻の狙いが、アヌス02の兵器である巨大先行者や蜘蛛型四足歩行戦車の残骸だと睨んでいた。巨大ぬーぼーの力で残骸の大半はアヌス02へ送り返され、残ったものも探偵社が発見次第02に送還している。しかし戦いの翌々日には、ちんたま市長の清水沢の手で一帯が封鎖されてしまったため、完全な回収には至っていない。

 というわけで舞たちに与えられた任務は、侵入者の発見と瓦礫の移送先の特定だ。パープルとネイビーが一足先に現地入りし、侵入者を待ち伏せているが、今のところ何も変な様子はないという。
 イチコは、こちらの存在を悟られぬようピンキーのライトを消す。綾子の魔法によって、ピンキーの存在は探偵社外部の人間が感知することできない。だがピンキーが発する光や音などは、隠蔽しきれないのだ。
 舞たちの視界を、都会とは思えぬ高純度の黒い闇が覆う。駅前のマンションで人生の大半を過ごしてきた舞にとって、光を一切感じられないのは気持ち悪い違和感がある。だが不思議と恐怖はなかった。隣の運転席で、イチコが変わらぬ様子で菓子パンをモシャモシャと食べていたからだ。今日は張り込み調査ということで、あんぱんと牛乳を買ったらしい。
「もしゃ……連中、今夜はもしゃ……来るかな?」
「網にかかるのを信じるしかないですよ。矢巻に直接接触したら、ウラシマを刺激することになりかねませんし」
 舞は、イチコがこぼした食べかすをウェットティッシュでふき取ってやりながら答える。だが食べかすの一部は、イチコの服の表面を滑り、座席の奥へ転がり落ちてしまう。さすがにピンキーが機械音声で注意してくる。
「あのー、イチコ様。もうすこしキレイに食べていただけると……私の体内ですので」
「ごめん……もしゃ」言いつつ、またこぼす。
「はあ……」舞とピンキーは諦めのため息を同時に漏らした。
 イチコは菓子パンを食べ終え、パックの牛乳を流しこんでから、満足げに微笑む。上唇に白いヒゲができている。
「はー、おいしかったー。顔を全部くれてありがとう、アンパンマン」
「本当だったら大問題ですよ。他人の善意に対して強欲すぎでしょ」
「ハハーハッ!」

 いつものくだらない会話が終わったところに、カーナビの画面がパープルからのチャットを表示し、ピンキーが読み上げる。
「軽トラが来た。反射っぽい輩が瓦礫を漁ってる」
 イチコは表情に緊張を走らせながら、低い声で質問を呟く。
「追跡装置は付けられそう?」
 イチコの音声をピンキーが文字に変換して、パープルのスマホに送る。1秒ほどで返信がきた。それをピンキーが読み上げる。
「無理そう。あ、反社がなんか回収して軽トラに戻ってく」
イチコは舞と顔を見合わせてうなずき、サイドブレーキを解除してからアクセルを踏みこむ。そしてパープルに返答を送った。
「了解。軽トラはこっちで後をつけるよ」
 続けざまにパープルが赤外線カメラで撮影した、反社2名と軽トラの画像がカーナビ画面に送られる。その位置情報からピンキーが軽トラの大まかな位置と進行方向を算出し、地図に赤い点として表示した。
「軽トラは北東へ向かっています」
「オッケー、誘導お願いできる? ユーハブ」
「かしこまりました。アイハブ」
 イチコはアクセルから足を離し、運転をピンキー自身に任せた。ここまでは事前の取り決め通りだった。ある一点を除いては。

 舞はそれを思い出し、ピンキー経由で話しかける。
「ネイビー、あんたは大丈夫?」
「あ、水原さぁん……」
 情けない音声が直接返ってくる。パープルとは違い、会話できる状況ではあるようだ。しかし声にエンジンのような重低音が被さっているのが気になった。
「今、顔だけはいい私は軽トラの荷台に潜りこんでいます」
「はあ~~~!?」
「顔だけはよく、存在感がないので、気づかれませんでした」
 ネイビーはいつもの自虐風自慢を聞いてもいないのに語り、頼んでもいないのに軽トラへ乗りこんでいた。
「このおバカ、なに勝手なことを! 軽トラが信号で停まったら、すぐに降りて!」
「で、でも、怖くて腰が抜けちゃってぇ……」
 どうしたものかと舞が頭を抱える。もし反社に見つかれば、顔がいいことしか取り柄のないネイビーは抵抗できないだろう。しかし隣のイチコには余裕があった。
「逆にチャンスと考えよう。ピンキー、ネイビーのスマホの位置情報からトラックの現在地点と追跡ルートを修正して」
「ええ、すでに完了しています」
 カーナビ画面の赤い点が北方向に移り、軽トラまでの移動ルートが表示された。ネイビーが乗りこんだことで、軽トラの正確な位置を把握できるようになったわけだ。
「ナイス、ピンキー」
「朝飯前です。食事は摂りませんけどね」
「ハハーッ」

 軽やかに会話を済ませ、イチコは背もたれに体重を預ける。普段はだらしないが、こういうときの彼女は本当に頼もしい。
 舞は偉大な相棒を改めて誇りに思った。以前だったら自分の情けなさを攻めているだけだっただろう。今は自分が凡人であることを認め、されど開き直らず、成すべきことを考えられる。
「ありがとうございます、イチコさん」
 舞はイチコに礼を言うと、装備類の点検を始める。戦闘になれば前に立つのはイチコで、舞は援護に回るしかない。そのために武器を万全の状態で使えるようにしておく必要がある。仕事の前にも点検したが、念には念を入れる。まずはピンキーに内蔵された特殊装備からだ。カーナビと連動したスマホで、ピンキーの装備確認画面を開く。

▼大仁田ファイヤー
・火炎放射器。ヘッドライト奥に隠され、使用時はライトが奥に引っ込み、代わりに発射口がせり出てくる。
・魔法生物にも有効で、魔法の鰻を白焼きにしたこともある。

▼ネバネバ魔封じ
・返送者の超常能力を一時的に無力化する粘性の液体。
・発射時にドピュッビュルルルッと卑猥な音を立てる。
・大仁田ファイヤーと発射口を共有する。カートリッジを切り替えることで、様々な武器を発射できる仕組み。
・ピンキー自身に液体を纏わせ、バリアのように使うことも可能だが、ピンキーがイヤがるので使ったことはない。

▼スカラービーム砲
・スカラー電磁波を照射する装置。
・無機物に生命と精神を与える力を持つ。
・大仁田ファイヤーなどと発射口を共有する。
・宇宙に優しいギャルメイド出現以降は、使用を自粛している。

▼メタンガス噴射装置
・搭乗者のすかしっ屁を専用タンクに貯蓄し、圧縮して噴射する。
・空中や横方向への緊急移動に用いる。
・噴射の出力を調整し、空中での姿勢制御などを行うことも可能。

▼追加装備接続部
・車体各部に追加装備を取り付け、能力拡張が可能。
・強襲用飛行ブースター『テポドン』を始めとし、水中移動用のスクリューや、ヘリコプターとしての運用するためのローターユニットを装備可能。

ピンキーセプター69の装備点検リストより

 いずれの装備も異常なし。残弾もたんまりある。次の点検はダッシュボードに置かれた携行武器だ。といっても今日は舞用の改造ガスガンと、イチコ用のウネウネ棒のみだが。
 まずは改造ガスガン。UZIウージーという短機関銃を模しており、連射が可能である。改造は物理的にではなく魔法によるもので、衝撃波を発するBB弾を発射し、並の相手ならば1~2mほど吹っ飛ばすことができる。しかし大抵の場合は目くらましや陽動、威嚇に過ぎず、これだけで敵を制圧するには至らない。

 問題は見られないので、紫色のウネウネ棒をウェットティッシュで磨く。  
 一見、全長30cmほどの大人のオモチャだが、使用者の思念に応じて固さや長さを変えることができる。固くして殴ったり、伸ばしてムチやロープ代わりにしたりと応用が利く武器だ。
 取っ手には『森川イチコ』と、かすれたマジックペンで縦に書かれている。舞はいつも点検していて思うのだが『コ』の左上から、下に0.05mmほどの短い線がピョコっと出ているような気がする。かすれる前は『ロ』だったのではないか。そして『コ』の下。文字は認識できないが、マジックペンのインクが滲んでおり「ー」と書かれていたように思える。つまり……
(本当は『森川イチロー』だったりして……んなわけないか)
 そんな単純な問題ならば、綾子や軍団が解決しているだろう。わざわざウラシマと取引して本当の名前を取り戻す必要などない。なによりイチコ自身が『森川イチコ』であることを気に入っている。そう考え、舞はいつも心の中にしまっていた。

 点検を済ませると、軽トラは新都心の北、大摩羅駅の西口に到達し、橋を渡って東へ渡るところだった。ここでネイビーが、泣きそうな声で通話してくる。
「オシッコ漏らしそうです……でも顔だけが取り柄の私が漏らしたら、イメージが崩れますよね。顔さえ評価してもらえなくなる」
 本当にくだらない相談に舞は怒鳴った。
「いいから、さっさと荷台に出しちゃいなさい!」
「やっちゃえやっちゃえ」イチコがケタケタ笑って便乗する。
「軽トラさんが可哀そうです……」
 ピンキーだけは同じ自動車として同情した。気持ちはわかるが、一応命と心を持つネイビーの尊厳を優先してやらねばならない。イチコと舞がピンキーを説得し、晴れてネイビーは荷台に放尿できることとなった。しかし――
 ジョボ。ジョボボボボボボボボボボボボボボ。
 ネイビーが通話を繋ぎっぱなしにしたせいで、舞たちは放尿Autonomous Sensory Meridian Responseを聞くハメになった。

 そうしている間に、軽トラはちんたま市の北東にある岩苦月いわくつき市の工業団地内でスピードを緩め始める。
 事務所で状況を静観していた綾子が、初めて口を開く。
「回収した瓦礫……というよりアヌス02の機械を、どこかの工場に持ちこもうとしているのかしら。ネイビー、そろそろ軽トラから逃げられるわね?」
「ふぁ~い」
 尿意を耐えに耐えての放出が、よほど気持ちよかったのだろう。ネイビーから恐怖が消え、軽トラが徐行状態でカーブに差し掛かった隙を見計らい、素早く飛び降りた。存在感の薄さが幸いし、運転している反社たちには気づかれなかったようだ。ピンキーは軽トラとの距離を徐々に縮め、目的地を突き止めるべく追走する。
 ほどなくして、軽トラは1階建ての小さな工場の敷地内に入っていく。広さはピンピンカートン探偵社の敷地ほどだろうか。軽トラがクラクションを3回鳴らすと、建造物の大半を占めるでろう巨大なシャッターが開く。舞とイチコを乗せたピンキーは100mほど後方の曲がり角の陰から、軽トラがシャッターをくぐってガレージに入る様子を見届けた。
 シャッターが下り切ると同時に工場の明かりがつく。内部で何かが行われているのは明らかだが、外からは確かめようがない。10分ほど工場を監視したものの、出入りはなかった。
「さて、ここからどうしよっか」
 イチコがあくびしながら切り出す。この間に脱出したネイビーが合流し、後部座席で居眠りをかましていた。が、誰もそれを責める気はない。結果的にネイビーのおかげで、反社連中の行き先は判明できた。元々、今日の任務は新都心の廃墟に出入りする者がいることを確認することだったので、期待以上の戦果を挙げられたといっていい。

 だが、ここまでくれば工場の中を少しでも見たい……と欲をかいてしまうのが人間のよくないところである。それでも舞、イチコ、ピンキー、綾子は我慢した。人の心・・・を持つ者は、誰もが切り上げるべきだと考えて「今日は引き返すべき」と口を揃えた。しかしタガの外れた者がいた。事務所に居残って情報整理を行っていた軍団メンバー、ゴールドである。小太りの金ジャージはためらいもなく、次の行動に移っていた。
「ドローンでガレージの中を透視しようぜ」
「おいバカゴールド!」
「なにやってんだ!」
「やめてください、キモゴールド様!」
「あんたイカれてんの!?」
 事務所のメンバーが制止するも、時すでに遅し。ゴールドは遠隔操作でピンキーのトランクを開け、中に置かれたドローンを工場に向けて飛ばしていた。
「姐さん、ゴールドを気絶させて!」イチコが叫ぶ
「無理、そうしたらドローンが回収できない!」綾子が応える。
「ふひひ!」ゴールドが悪質オタク魂を光らせる。
 こうなればゴールドの盗撮が成功することを祈るしかない。ドローンは光学迷彩を搭載しており、周囲の空間に溶け込んで、特に夜間は判別が難しい。そのまま工場のガレージに近づいていく。
 ドローンには双方向マイクと赤外線カメラも積まれており、ガレージ内の音声と映像がカーナビ画面で中継される。それを見た舞たちは一様に目を丸くした。
「これは……!」
 揃って発した言葉の意味は、それぞれが違っていた。舞とイチコは初めて目にする異形の機械への驚き――大型トラックをベースに自動車のボディを重ねた装甲車で、車体前部にはドーザー。後部はショベルカーから移植されたであろうアームが数本伸びる特殊コンテナが繋がっている。アームの先は通常のショベルだけでなく、マシンガンやミサイルランチャー、さらには巨大ハサミやドリルが接続されていた。そして車体表面のあらゆる場所は、鉄製のフレームとトゲで補強されており『武装トラック』といえるものに仕上がっている。ひとことで表すなら映画『マッドマックス』に登場するウォー・タンクそのものだ。
 ここまででも閉口すべき代物だが、ピンキーが照合したデータベースと綾子の記憶から紡がれる驚愕には、もうひとつ大きな意味があった。
「これは……初代ピンキー……!」
 異形の武装トラックは、綾子とイチコが出会ってから始めた再返送家業に用いられ、そしてウラシマとの戦いで破壊された車両がベースなのであった。

つづく。