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小説ですわよ第2部ですわよ4-4

※↑の続きです。

 モヒカン渡部が自分たちの集落に案内してくれるというので、バギーの助手席に乗りこむ。それを合図に、他の車両も一斉にエンジンを唸らせ、方向転換して走り出した。バギーは二人乗りで、骨組みの上に幌が張られた申し訳程度の屋根しかないが、刃物のように攻撃的な日光を遮ってくれるだけでありがたい。揺れもひどいものだが、見知らぬ地で誰かの助手席の乗れるという安堵が勝った。
 モヒカン渡部はバギーを走らせながら運転席後方のラックをまさぐり、舞に水筒を手渡してくれた。舞は感謝の言葉もよそに水を喉の奥へ流しこむ。礼はあとからできても、水分補給は今しなければならないという本能からの行動だった。砂となりかけていた全身に潤いが満ち、意識も肉体も形を取り戻していく。残りの水は頭にかけた。車中で無礼なのは承知だが、なりふり構ってはいられない。頭皮を通じ、頭蓋骨にたまった熱が中和されていく。鼻から吐き出す息が冷たく感じた。ストレスとリラックスの急激な落差、そして早起きから脳が疲れたのだろう、抗う意思すら湧かずに瞼が重くなる。
 それを察したのか、モヒカン渡部が舞に柔和な笑みを浮かべる。何度見ても、やはり戦場カメラマンの渡部陽一だ。
「寝てていいですよぉ。もう少しぃ、時間がぁ、かかりますぅ」
「すみません、ありがとうぉ……ございますぅ……」
 舞も釣られて似たような口調になってしまった。が、取り繕う間もなく意識が遮断されていった。

 エアコンのような乾いた空気に寒気を覚え、目を開ける。二連の太陽の半分が地平線に溶け、大地が赤みがかっていた。そして眼前には朽ちた気の杭と錆びた有刺鉄線に囲まれた集落があった。広さは野球のグラウンドくらいだろうか。オアシスを中心に、バラックが点々と立ち並んでいる。
 モヒカン渡部はバギーを徐行させながら集落へ入り、身を乗り出して拳を天へかかげる。
「皆の者! 光の人をお連れしたぞ!!」
 今までの間延びした喋りとは違い、雄々しい叫びだった。バギーがオアシスの付近で停車すると、そこへ集落の人々が集まってきて歓声を上げる。そして両ひざをつけて、汚れもいとわず額を地面にこすりつけた。
「我らが光! 我らが光!」
 舞が困ってモヒカン渡部に視線を送ると、渡部は「今は何も言うな」とばかりに手をあげて制し、集落の人々に叫ぶ。
「宴だ。今宵は宴をひらく! 酒と料理の準備を!」
「おおおおおおっ!」
 集落の者たちは立ち上がり、散開していった。
「お屋敷にぃ、ご案内いたしますぅ。話はそこでぇ」
「あ、はい」
 バギーは再び徐行し、集落の中で一番大きなバラックの前で停車する。一番大きいといっても、他と造りは変わらない。石、トタン、木材、有り合わせの素材を積み上げ、隙間を埋めたに過ぎない貧相なものだ。しかし中に入ると、昼間の狂気的な暑さが残る外気が絶たれ、心地がいい。モヒカン渡部に促され、藁が敷き詰められた床に腰を落として足を放り投げる。上品に正座できる余裕は今の舞にはなかった。

 モヒカン渡部と御付きの者たち(彼らもモヒカンである)は、あぐらをかいて座り、舞と目線が合ったところで改めて頭を下げてくる。
「改めてぇ、ようこそアヌス02へおいでくださいましたぁ」
「あ、いや……ここに来たのは事故っていうか、自分の意思じゃなくて」
「重々に承知しておりますぅ。裏切り者どものぉ、仕業でございましょう?」
 モヒカン渡部の目じりが痙攣する。怒りをこらえているらしい。
「裏切り者ども……まさか!」
「偽りの救世主、闇の使者。田代マサヨとAssassin Intelligence Spport  Ultimate Killing Expert」
「えっ……あ? アサヤン? なんて?」
「失礼。通称ぉ、愛助とよばれるロボットでございますぅ」
「あのコ〇助か! そう! あいつに頭突きされてここに飛ばされてきたんですよ!」
 状況が落ち着いたからか、裏筋駅でのマサヨと愛助の行いに、ようやく怒りが湧いてくる。だがそれ以上に疑問も生まれた。
「マサヨさんから聞いた話とは、ずいぶん違うみたいですね。アヌス02はもっと都会かと思ってましたし、住んでる人もみんな気持ち悪い笑顔かと」
「それは間違いではありませんが、すべてでもありません」
「というと?」
「ここへ来る途中ぅ、蜃気楼でぇ都市をご覧になったでしょう? あれはぁアヌス02の首都、シティー・オブ・チンタマぁ。あの都市は確かに存在しますぅ」
「……だけど、この広い砂漠も事実」
「はいぃ」
 モヒカン渡部は足を組みなおし、アヌス02について話し始めた。

 途中まではマサヨから聞いた話と同じだ。神沼重工が巨大人型ロボットを開発して世界を掌握した。人々は笑顔を強制され、抗う意思と力を奪われた。舞たちの世界より発展した科学技術もあり、アヌス02は人間性の喪失という代償を払うことで偽りの平和を得た。
 話が違うのはここからだ。代償はそれだけではなかった。神沼重工が世界を統一すべく起こした戦いによって自然環境が破壊し尽くされ、アヌス02の大半は砂漠と化してしまったらしい。現代の文明と呼べるものはシティー・オブ・チンタマを始めとした、いくつかの拠点都市に残っているのみだという。
 ここで舞に疑念がひとつ浮かんだ。神沼02の目的は『他の世界に幸福を笑もたらす』と聞いていたが、本当は異世界を侵略して領土を拡大することではないのか? それをモヒカン渡部に話してみたが、どうもそういうことではないらしい。

「論理的な目的はぁ、ないのでしょう。そもそも神沼はぁ、我々の手によって死んでいますぅ」
「えっ……殺しちゃったんですか?」
「殺しちゃいましたぁ。40年ほど前に」
「じゃあ、マサヨさんが会ったのは!?」
「彼に似せて作られたロボットですねぇ。神沼の思考を可能な限りコピーしたAIによって動くぅ、ハリボテですぅ」
「それはまた……厄介ですね」
 舞は自分の世界の神沼を思い浮かべた。あの異常者を止めたところで、その意思を模倣した者が狂気を重ね続けていく……そんな地獄が、このアヌス02なのだろう。

「独裁者を倒しても、世界は何も変わりませんでしたぁ。それどころか神沼AIは人間の不合理と不条理を理解した上で先鋭化させぇ『世界の仕組みの存続』と『あらゆる世界に幸福をもららすこと』を徹底しましたぁ。それがチンタマと、そこに住まう笑顔しかない人間たちですぅ」
「私がAIなら笑ってるだけの人間なんて残しませんけどね。ごく潰しでしょ」
 舞が反射的に発した言葉に、モヒカン渡部は面食らって固まる。舞はやってしまったと思ったが、渡部も同じような意見らしい。
「確かにぃ、世界を存続させるだけならぁ、もはや人間は不要なのでしょうねぇ」
 渡部がモヒカンが揺らして苦笑いしてから続ける。
「神沼AIはぁ『笑顔しかない人間が、都市で生活していることこそが幸福』と判断したようですねぇ。それ以外はエラーであると」
「さらに、その幸福を他の世界にも押しつけようとしている……おぞましいですね」
 本質的には、舞の世界の神沼と同じだ。集落の者が水を運んできてくれたが、喉は乾いていくばかりだった。
「私たちはぁ、何十年と戦い続けてきましたぁ。ですが人が狩られていくたびに希望も失われていったのですぅ……」
 モヒカン渡部は声を枯らし、言葉を絞り出した。のんびりした口調だが、その低くカサついた声色から深い悲しみが伝わってくる。
「だから……神話もぉ宗教もぉ、戦火と共に消えましたがぁ、それでも祈らずにはいられなかったのですぅ。輝ける真の未来をもたらしてくれる救世主をぉ……」
「それが“光の人”……」
 モヒカン渡部がうなずく。光の人とは、いつ誰かが言い出したのかもわからない与太話だったという。最初は自虐というか「他の世界へ逃げられたらいいのにな」という現状への絶望をごまかすための冗談だったらしい。それが神沼の死後、人間狩りが苛烈さを増していき、数十年のあいだで人々は心の底から救世主を求め始めたのだった。

『その者、暗闇の穴より流星となりて降臨し、蛇の腹のごとき剣にて歪んだ因果の葛を断たん』

 気がつけば、それっぽい言い伝えまで生まれ、砂漠の人々に定着していったらしい。金曜の夜によく放映される国民的アニメに出てきそうなフレーズだが、茶化せる雰囲気ではないので黙っていた。
(救世主、か)
 舞は脳裏にイチコを浮かべた。なにをしようと、どれだけもがこうと、どうにもならず打ちのめされ続けてきた人生。誰か、誰か、助けて――そんなとき光をもたらしてくれたのがイチコだった。アヌス02にもイチコのような人間が必要なのだ。
 しかし、ここにいるのは舞だ。モヒカン渡部たちはすがるような目を向けてくるが、なにもしてやれない。返送者たちと戦えるのは、同じように特別なチカラを持ったピンピンカートン探偵社があってこそで、そうでなければ平凡以下の人間でしかない。だが舞はそこまで暗い気持ちにはならなかった。むしろ一筋の淡い光が灯る。

(特別なチカラ……ひょっとしたら!)
 舞はサッカーボールほどの球体を抱えるように、両手を胸の前で掲げた。異世界に転移・転生した者は超常能力を得ることがある。今の舞にも、なにかしら能力が芽生えているかもしれない。
「まさか……!」
 モヒカン渡部たちが、目を見開く。
「んんっ、出ろ……なんか出ろ!」
 舞は手に意識を集中させて念じた。というより気張って、祈った。便秘のときに脂汗を流しながら、ただただ出ることだけを考えるかのように。
「んん~っ! ぬおおおおっ!」
 食いしばった歯がギリギリと軋み、せっかく冷えた顔に血が上って熱くなる。と、くすぐったい感触が仙骨のあたりから背骨を通り、肩、二の腕、手のひらへと走っていく。
 そして両手のひらの間で閃光が瞬き、タブレットより二回りほど大きな長方形の物体が顕現した。
「こんなん出ましたけど」
「おお~っ!? 奇跡の剣だ! 歪んだ因果を断つ、蛇の腹のごとき剣!」
 モヒカン渡部たちが、ひと際大きな歓声をあげる。その瞳にはキラキラと希望が輝いていた。
 現れた物体はジッパー付きのビニールで包装されている。重さはほとんど感じられない。表には、昨年のM-1で新しく審査員になった女性芸人の若いころと、見慣れぬ顔の濃い優しそうなボクサーの写真が印刷されている。そこに書かれた商品名を、舞は読み上げた。
「トカ、クニ……ベルト?」

つづく。