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小説ですわよ第2部ですわよ5-4

※↑の続きです。

 マサヨは左腕を拘束していたケーブルを引きちぎり、その手でブルーの水着を掴み上げる。股間が急激に締めつけられ、ブルーが悲鳴をあげた。
「んひぃぃぃぃぃっ!!」
 マサヨはそのままブルーを地面に投げ捨てる。ブルーは内股の女の子座りで着地し、震えながら自分の股間をつんつんし始めた。
「バカ、なにやってんの!?」舞が叫ぶ。
「だ、だって、潰れたかもしれないんだ!」
 つんつんする余裕があるのなら潰れてはいないだろう。だがそんなことを心配している場合ではない。マサヨが残りの手足のケーブルを引きちぎる。愛助はマサヨの両手から解放され、床に着地した。
「残念だけど、私たちにスカラー電磁波は効かない」
「最新の反スカラーコーティングを施してくれたナリ。他のロボットとは違うナリよ」
「神沼様に感謝しなければね」
「そうナリね~!」
 マサヨが頭をなでてやると、愛助の顔文字が「(*'ω'*)」に変わる。
「こうなったらブチ殺す! もうマサヨちゃんとは思わねえぜ」
「恨みっこなしッスよ! ピンキー、MM、攻撃を!」
「了解」
「大仁田ファイヤー、レディ」
「ちょっと、本当に……」
 舞の戸惑いは届かず、ピンキーとMMのヘッドライト下から火炎が噴射され、巨大モニターを真っ赤に染める。レッドとシルバーが降車し、炎が止むと同時にマサヨたちへ飛びかかった。

 レッドが身を屈めた左右のステップで翻弄しながら、ボクシング仕込みの素早いジャブをマサヨへ繰り出す。それをマサヨは槍のような前蹴りで迎撃しようとする。だがレッドはヘッドスリップで避け、前へつんのめりながらストレートを顔面に叩きこむ。マサヨの頭がわずかに後方へ傾くも、すぐに反撃の肘でレッドの鼻を叩き負った。ふたりはそのまま互いの後頭部を掴み合い、キスしそうな距離で頭突きを食らわせ合う。両者の顔に、みるみると鮮血が広がり、周囲にも血しぶきが飛び散る。埒が明かないと思ったのか、マサヨは膝蹴りを相手の肋骨に突き刺した。レッドの口から塊のような鮮血が吐き出される。しかしレッドは攻撃の手を緩めることなく、執拗にマサヨへ頭を突き出す。
 一方のシルバーはモンキーレンチを、愛助の脳天めがけてフルスイングで振り下ろす。だが鉄の塊である愛助には有効打とならない。愛助はジャンプして、その鉄頭をシルバーのどてっぱらにぶつける。シルバーはその勢いで後方に尻もちをつきながらもレンチを手放すことなく、今度は飛びかかってきた愛助の顔面ディスプレイに渾身の一撃を食らわせた。ディスプレイの顔文字は困惑を示すが、すぐさま怒りに変わり、背中に隠し持っていた小刀をシルバーの首筋へ振り下ろす。シルバーが咄嗟に身をひねると、小刀の狙いが逸れて切っ先が肩に沈んだ。致命傷にはならないものの、シルバーの動きを止めるには十分だった。愛助は小刀を肩に刺したまま、グリグリと回す。痛みにシルバーの全身がエビのように跳ね、絶叫する。が、ここでシルバーはチンピラ根性を見せた。身体が跳ね上がった勢いを利用して、愛助の顔面ディスプレイに頭突きを何発も叩きこむ。愛助もムキになって、鉄頭をハンマーとばかりにシルバーへ打ち下ろした。
 ある種の膠着に陥った2組へ、残りの軍団が近づく。グリーンがマサヨの背後から首を締め上げ、そこへイエローがラリアットをぶちこむ。ゴールドは通常の倍サイズのスタンガンを愛助に押し当て、電流を流しこんだ。それでもマサヨと愛助の心が折れることはない。いや、もはや心というより、主から与えられた命令を遂行すべく、ひたすら攻撃を続けるロボットであった。マサヨは頭を後方へ振ってグリーンにも頭突きを食らわせ、正面のイエローには爪を立てて顔面をかきむしる。愛助は電流で動きを鈍らせながらも、手から針を射出して、ゴールドの太ももを貫く。

 肉と肉がぶつかり合い、骨が砕ける音。誰とも判別できない低い叫びと、痛みに耐えるうめき声。凄惨な戦いに対し、舞にできるのは立ち尽くして見守るだけ。かつてイチコが殺されたように、またも見ていることしかできないのか。奥歯が割れそうなほどの歯ぎしりを止めることができなかった。
「も、もうやめて……誰かが死んじゃいます!」
 珊瑚は顔を両手で覆い、目を背けた。わかっている。これではマサヨを救うどころではない。双方どちらかが確実に犠牲を出すことになる。あるいは、あの場にいる全員かもしれない。
「姐さん、姐さん、軍団もマーシーたちも大変なんだ! 先行者に戻って!」
 イチコは興奮しそうになるのを押さえながら、綾子へ呼びかける。
「そ、そうしたいけど、こっちも穴がどんどん広がって……」
 イチコが近くにあったリモコンを操作して、ドローンのカメラに切り替える。映っていたのは空を埋め尽くすほどの黒、異界の門であった。
「いつのまに!? これ、まずくないですか!」
「ま、まずいわよ。でもなんとか閉じてみせる。貴方たちはそこで待ってて」
「姐さんの方はわかった。私たちは軍団を助けに行くよ」
「ダメよ! ぐっ……」
 綾子は門を閉じるために、チカラを大分使っているようだ。苦しそうにこらえながら、こちらへ語り掛けてくる。
「貴方たちに万が一のことがあれば、この世界そのものが危ない。だからどうか……耐えて」
「姐さん……わかったよ」
 イチコは沈んだ声で、映像を車載カメラに戻す。尚も、軍団とマサヨたちが死闘を繰り広げていた。
「イチコさん!? この光景を黙って見ていろっていうんですか!」
 舞がモニターを指して叫ぶ。
「もし軍団が命を落としても、2代目つんおじに頼めば再生できる可能性は残ってる」
「できない可能性もあるってことでしょう!」
 イチコは肩を落とし、口を一文字に結んだまま答えない。イチコに怒鳴っても意味はない。彼女なりに様々な念を吐き出しそうになりながら飲みこんだのだろうと舞は思った。しかし、イチコは予想外の仕草をとった。人差し指を口元に当て、声を潜めながら、最小限の動きで唇から言葉を紡ぐ。
「し~っ。聞こえちゃう」
「な、なにがですか?」
「私たちの会話。ちょっと待ってて」
 イチコはリモコンのボタンを押す。一見して何を操作したのかはわからなかった。
「こっちの音声をミュートにした。屋敷から出よう」
「イチコさん!」
 舞と珊瑚の希望に満ちた声がダブる。
「といっても、屋敷に仕掛けられた魔法を解くのは無理だと思ってる」
「ガラスをブチ破ればいいんですよ」
 実証すべく舞が椅子を持ち上げ、窓へぶん投げる。しかし想像を裏切り、窓はトランポリンのような弾性で椅子を弾き返した。「やっぱりね」とイチコが肩をすくめる。
「でも屋敷の中に脱出のヒントがあるはずだよ。姐さんが出かける前に、しつこく屋敷をウロつくなって言ってたでしょ?」
 珊瑚がおずおずと手を挙げる。
「そんな露骨に、ダチョウ俱楽部みたいな前フリする人いるんでしょうか」
「いる。社長はね、第2の細木数子になりたいくらいTV業界に憧れてるんだから。吸血鬼かもしれないけど俗物なんだから」
「なるほど……はい……?」
 舞の説明に、珊瑚は混乱した思考をどうにか納得させようとした。
「ど、どっちにしろ、他に方法はありませんよね。行きましょう、先輩、イチコさん!」
「だね!」
「さあて、どっから探すかな~」
 3人は食堂の出口へ向き直り、走り出そうと足を一歩踏み込むが、揃って驚きに飛び上がった。
「あのう……」
 紺色の変態水着の男が、泣きそうな顔で立っていたのだ。
「ネイビー!? な、なんで!」
 舞は巨大モニターを振り返って確かめる。死闘の中にネイビーはいない。ホワイトとパープルは珊瑚の家の護衛で不在だが、ネイビーは食事する時にはいた。他の軍団と出撃していったのも覚えている。それがなぜ幽霊みたいに立っているのか。
「私、顔はいいのに存在感がないから、みんなに置いてかれてしまって。ううっ……あ、水原さん、傷は治りました」
「そっか、その話はしてなかったっけ。って、それより今は屋敷の探索を手伝って」
「はい。というか、脱出方法知ってます」
「ええっ!? 早く言ってよ!」
「すみません、顔がいいだけで鈍いもので……」
 ネイビーは幽霊のように力なく手招きをして歩き出す。食堂から廊下に出て、何度かの曲がり角を経た先で、行き止まりとなった。舞が間違えたのか問おうとする前に、ネイビーは行き止まりの壁に手を当てる。
「あんた地獄に落ちるわよ」
 ネイビーが囁くと壁が縦に割れて開き、エレベーターが姿を現す。舞たちが驚いているあいだに、ネイビーがボタンを押して中に入り、手招きしてくるので従った。内部のボタンはひとつしかない。それをネイビーが押すと、エレベーターは下へ降り始める。地下に避難用の隠し通路でもあるのだろうと舞は予測したが、エレベーターはなかなか止まらない。相当深い場所に目的地は位置しているようだ。
「ネイビー、よく知ってたね」
「私、存在感が薄いので、それを逆手にとって、夜な夜な屋敷に侵入しては隠し部屋がないか探検していたんです」
「キモっ! あ、ごめん、続けて」
「うう……ある晩、社長をあとからつけてたら、このエレベーターを見つけて……でも乗ったのは初めてなので、地下に何があるかまでは……」
「そっか。さっきの『地獄に落ちるわよ』ってやっぱり……」
「合言葉だと思います」
「ハハーッ! さすが第2の細木数子!」

 ようやくエレベーターが止まり、ドアが開く。まず目の前に入ってきたのは、縦横に広大な空間だった。その周囲にキャットウォークのような鉄製の足場が張り巡らされている。各所にはクレーンやロボットアームが配置されており、工場のように自動で稼働している。空洞の下で何かを作っているようだ。舞たちは、足場の手すりから身を乗り出して覗きこむ。
 見えたのは、空洞よりわずかに小さい――だがそれでも巨大な、黄色く丸みを帯びた構造物だった。舞には見覚えがあったが、ハッキリと思い出せない。下方へ続く階段を見つけたので、降りていくことにした。

つづく。