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『小説ですわよ』第2話

↑の続きです。

 舞は、次の標的のプロフィールがまとめられた紙を受け取る。

  大瓦おおがわら 謙三。51歳。指定暴力団・大友会構成員。
  犯罪および逮捕歴は傷害、殺人、強盗、窃盗、脅迫など多数。
  2021年に異世界へ転生。22年12月に異世界より帰還。
  以降、超常能力によって敵対組織の構成員を殺害。
  能力、殺害方法は不明。

 プロフィールの右上には、大瓦の写真が添えられていた。鋭い角刈り、長い揉み上げ、吊り上がった太眉、左頬の切り傷。いかにもである。
「見た目も経歴も、ゴリゴリの悪党ですね。いくつか質問しても?」
「どうぞ」
「転生したとか、帰ってきたとかありますけど、これってどうやってわかるんですか?」
「うちの探偵社に、世界の出入りを検知できる者がいるんだ。詳しくは長くなるから、あとで会ったときに話すよ」
「なるほど。あとは……そもそもなんですが、さっきの返送者といい、大瓦といい、警察に任せるべきでは?」
「大半の場合、超常能力による犯罪は証拠が残らない。仮に逮捕できたとしても、能力を使って逃走を図られてしまう可能性が高いだろう。警察には対処できない問題なんだよ」

 そう答えてから、イチコは指を顎に当て、舞をじっと見つめてくる。
「ふぅむ……」
「な、なんですか?」
「キミは強いね。普通の人は、ヤクザが相手となれば汗のひとつくらい流すのだが。前に応募してきた人は説明した途端に逃げ出したよ。その前の人は、車で轢くと言った時点で逃げてった」
「言われてみれば……」
 ヤバい仕事だとは思ったが、恐怖や動揺は自分でも驚くほどない。
「多分、私の経歴を調べたならわかると思うんですけど、ヤクザと関わるのは初めてじゃないんで。だからじゃないですかね」
 あまり思い出したくないが、舞の父が逮捕された件にはヤクザが絡んでいて、舞もヤクザと会話したことがあった。とはいえ、この奇妙な落ち着き具合は自分でもよくわからない。

「なんにせよ、キミには才能があるよ。頼りにしてるから」
「お言葉は嬉しいんですが、この標的をボコボコにして外に連れ出すんですよね? 上司に相撲の技を食らわせただけで、喧嘩なんてとても……」
「まあ、そこは最悪相手の情報を聞き出せるだけでも大丈夫」
 イチコはボタンサイズの小さな機械を、舞のジャージの襟裏に貼りつけた。表側は小型マイク、裏側はシールになっていて目立たない場所に装着できるようになっている。
「できるだけ大瓦の超常能力について聞き出してほしい。今回は轢けなくとも、次のチャンスに繋がる。私は顔が割れてるから、キミにしかできない仕事なんだ。頼む」
「私にしかできない仕事……」
 心の中で反芻し、噛みしめた。こんなふうに頼られたことなど今までなかった。部活も、サークル活動も、バイトも、仕事も、すべて上手くいかなかった。力が及ばず隅に追いやられるか、クビにされるか、逆ギレして相撲の技を炸裂させて居場所をなくすかだった。その中で、自分がどうにかやれることは、他人にとって“できて当たり前のこと”だった。
 だけど今、私は必要とされている。舞は声を上ずらせながら、イチコに応えた。
「私、やります! 必ずヤクザを轢いて、異世界というブタ箱にぶちこんでやりましょう!」
「ハハッ、その意気だ! じゃあ作戦会議と行こうか」
 イチコはプロフィールの一番下を指さす。備考欄の項目には、大瓦の対処法が書かれていた。それは到底、信じがたいものであった。
「……これで本当に、大瓦が情報を吐くんですかね?」
「少なくとも隙はできる」
「だとしたら、バカすぎません?」
「悪党なんて、大体バカだよ」
 ここでようやく舞に一抹の不安が生まれたが、やるしかないと雑念を振り払った。人生で初めて必要とされているのだから。

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  kenshi
  ★    2ヶ月前
  17件のレビュー
  ゲロまずい。本当にウナギを使っているのか?
  店員はヤクザみたいだった。
  👍1

  オーナーからの返信。 1週間前
  当店をご利用いただきありがとうございます。
  お口に合わない料理を提供してしまい、誠に申し訳ございません。
  次回のご来店時には、お口ではなくおアナルに合う裏メニューを提供させていただきます。その際、kenshi様のGoogleアカウントをご提示いただければ無料でご提供いたします。
   (うなぎ 大瓦屋のGoogleクチコミより抜粋)
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 大瓦がアジトにしている大瓦屋から200メートルほど離れた場所でハイエースを停め、そこから舞がひとりで店へと向かう。店の前につくと同時に、中から声が響き渡ってきた。
「ああああああっ、許してください! それだけは!」
「口でまずいってんなら、ここはどうだ? オオン!?」
「ぎゃああああああああ」
 店内でよからぬことが起こっているらしい。しかし舞が動じることはなかった。自分が関わる初仕事ということで、緊張はあったが。深呼吸してから、店の戸を開いて中に入る。

「……いらっしゃいませ」
 中年の料理人、若い店員、常連客の女(ヤクザの情婦か?)が、一斉に舞へ視線を向ける。気にせず舞は、イチコとの作戦通りに言葉を紡いだ。
「うな玉、キンタマ、ヤクザの白焼きください」
 大瓦謙三と面会するための合言葉である。
「……」
「……」
「……」
静寂。時間が止まり、場の温度が冷えるのを感じた。店員は目を剥いて固まり、常連客の女は視線を外し、料理人の表情が険しくする。しくじったか? しかし……
「あいよ! 1名様、2階へご案内!」
 料理人の目くばせがあり、固まった店員が我に返って、舞を2階へ続く階段へとうながした。舞は素直に従って、階段をあがる。

 2階は大広間の和室になっており、店員が襖を開ける。
 『肛門大事』なる掛け軸を背後に、着流し姿の男がふてぶてしく腕を組み、あぐらをかいて待ち構えていた。今回の標的、大瓦謙三である。ここで舞は作戦の第2段階へ移行する
「あっ、ゴルゴ13だ!」
「なにィ!?」
 ただでえ角度のある大瓦の左眉が、さらに上がる。
「違った、鬼平犯科帳!」
「てめェ……!」
 今度は右眉が上がる。同時に、大瓦は片足を目の前の机に乗せた。
「この狼藉、さいとうプロダクションとお天道様が許しても、この大瓦謙三様が許さねえぞ!」
 大瓦は昔から散々ゴルゴ13といじられ、うんざりしているのだ。舞はゴルゴの心をさらに揺さぶるべく畳みかける。
「申し訳ございません“渡 哲也 様”」
 大瓦の表情がゆるんだ。片足を戻し、あぐらをかく。
「わかればいいんだ。ところで、もっと他にはないかい?」
「“高倉 健 様”。この度、お願いがございまして、参上した次第です」
「高倉 健たぁ、わかってんね」
 大瓦は目を細め、子供のような笑みを浮かべた。第2段階も成功だ。「『網走番外地』は最高だよなァ?」
「恥ずかしながら不勉強で、拝見したことはございません」
「はっはっは。若いネーチャンなら仕方ねえや。で、話って?」
「はい、実は……」

 舞は作戦の第3段階、大瓦との交渉に入る。
「元いた異世界にお帰りいただけないでしょうか」
「……ネーチャン、ピンコ立ち探偵社の使いだな」
「はい、ピンピンカートン探偵社のバイトです」
「コソコソ嗅ぎまわりやがって。だが高倉 健に免じて許してやる。元の世界に帰れって話だったな」
「はい……」
「帰る気があんなら、こうして店に引きこもって厳重に警備をさせるかい?」
(いや、ガバガバ警備だったでしょ……)

 ここまでは予想通り。次の手を打つ――その前に、大瓦が口を開いた。「そんなに帰りたくねえワケが知りてえか。しょうがねえな。まずは俺が異世界に転生したときから話そう」
 聞いてもいないのに喋り始めたので、舞の手間が省けた。この大瓦、あちこちで転生したときの体験を自慢しているらしい。おそらく超常能力についても。
 それ自体は探偵社の調査で判明していたが、肝心の内容がわかっていなかった。自慢を聞かされた者たちは、転生やら異世界やらと言われてもサッパリわからず、誰も内容を覚えていないのだ。
「俺ぁ、村川組の鉄砲玉に胸をブチ抜かれてよ。気がついたら知らねえ世界にいたんだ。そこは、なんて表現したらいいんだろうな……」
 大瓦によれば、ヨーロッパのような風景の世界であったようだ。文明レベルは中世レベルらしい(舞の知識では、厳密な判断はできなかった)。
 ただこの世界と大きく違うのは、魔法が存在し、魔物なる異形の怪物が跋扈していることだった。
 こんな与太話、鼻で笑われるだろうし、聞いた者たちが覚えていないのも当然だ。
「そんな恐ろしい世界が……大瓦さんは」
「オホンオホン! 高倉 健! オホンオホン!」
「高倉さんは、そんな世界でよく生き延びられましたね」
「俺は極道であり、鰻屋よォ。頼れるのは、いつだってコイツだ」
 大瓦は刀身が台形のような形状の包丁を取り出し、座卓に突き立てた。「へへっ、立派なもんだろ。“うなぎ裂き”ってんだ。まずは釘を魔物の頭にぶっ刺して動きを止め、あとはスパッと捌くだけよ。転生したてのころは、魔物の蒲焼きで銭を稼いだもんだ」
「すばらしいサバイバル根性ですね。それから?」
「でけえドラゴンが暴れ始めてよ。鍛冶屋と錬金術師ってのを脅して、てめえくらいの丈の“ドラゴン裂き”を作らせた。そんでドラゴンを捌き、地元を仕切ってる貴族に恩を売って、その土地を乗っ取った。いや、隠し子のことで脅したんだっけな? まあいいや。あとは似たようなことを繰り返してシマを広げてった」

 異世界でも悪行三昧なのはわかったが、超常能力ではなく元来のスキルで生き延びたように聞こえる。
「素晴らしい。魔法なんて恐ろしい力がある世界で、よくその身ひとつで」「いや。魔王っていう、その世界じゃ一番のヤクザがいてよ。そいつの魔法にゃドラゴン裂きは通じなかった。なもんで、魔法協会ってところにカチこみをかけて――」
「魔王の魔法を打ち破るべく、協会を脅して協力させたんですね」
 舞は苛立ちから、つい大瓦の言葉を遮ってしまった。
 ヤクザのやり口は……やはり詳しいことを思い出したくはないが、父の件で知っている。大瓦の機嫌を損ねてしまったか。
 しかし当の本人は、声を弾ませて話を続ける。
「ネーチャン、甘いね。脅したのは、魔法を覚えるため。今でも使える、便利な技だぜ」
「……!」
 来た。舞は気を引き締め直し、耳を傾ける。
「その名も“究極魔法ウナル”。アナルとウナギでウナル」
「ア、 アナ、ウナ?」
「魔法でウナギ……あっちの世界にもウナギはいてよ。人間を平気で丸のみにしちまうんだ。そいつを作り出し、ミサイルみてえに飛ばして敵のケツ穴にぶちこみ、内臓を食い散らかす!」
(なんて知性がなく、恐ろしい魔法……!)
「見せてやらあ」
 大瓦は右の手のひらを天井へ向け、
「ウナル!」
 ボンっと煙が起こり、巨大なウナギが空中に出現した。舞の知るそれより10倍はある。全長5メートルはあるか。
(こんなものが、アナルに!?)
 口を開けて思考停止した舞をよそに、魔法ウナギは悠々と宙を泳いでいる。
「こいつを、魔王から部下の魔物まで一匹残らずケツにぶちこみ、全滅させてやったぜ。かくして俺は天下統一を成し遂げたってわけだ!」
「ははは、お見事です」
 大瓦が両手をたぐるように動かすと、魔法ウナギが呼応し、畳の上でとぐろを巻くような姿をとる。漫画に出てくる巻きグソのようだと舞は思ったが口にできるはずはなかった。
 大瓦は魔法ウナギに腰掛け、跳ねてみせる。
「身がプリップリでよ。攻撃だけじゃなく、防ぐのにも使えるんだ」
 と、大瓦の顔から、それまでの笑みが消えた。
「てめえんところの、ピンコ立ち車も跳ね返せるだろうなァ」
(さっきの返送者みたいに無力化できればいいけど、その前にイチコさんのアナルにウナギが入ってしまったら……!)

 大瓦は笑顔を取り戻して、舞を見やった。
「そういうわけだから諦めな、ネーチャン。俺はあの世界には帰らねえ。大体、こっちが故郷なんだ。消えろだなんて筋が通らねえだろうが」
「ええ、まあ……ですが高倉さんは、異世界の支配者なんですよね?」
「一瞬だけな。みかじめ料が高いとかでカタギどもが文句言いやがってよ。エルフの組長の魔法で、こっちの世界へ追い出されちまった。ったく、暴対法があろうがなかろうが、どこでもヤクザにゃ生きにくい世の中だぜ。とにかく戻りたくても戻れねんだ。俺はこっちで、ウナルの力を使って頂点を取ってやる」
 大瓦が両手をポンと叩くと、魔法ウナギが消えた。確かにこの力があれば、ヤクザの世界を統べることも夢物語ではない気がする。しかし、それだけで終わるのだろうか。異世界のように、この世界すべてが大瓦の天下になったら……
「話はこれでしまいだ。今日は帰してやるから、二度とくるなよ。ピンコ立ち探偵社の連中にも伝えとけ。次はねえってな」
「はい……」

 これ以上、舞にはどうすることもできない。座卓に手をついて立ち上がり、廊下へと歩き出す。だが、大瓦の一言が舞の足を止めた。
「安心しな、カタギには手を出さねえからよ」
 舞の胸の奥底から、熱がじわりと漏れた。ヤクザへの怒りという熱が。
「それって本当ですか?」
「当たりめえだろ。分別ってもんはある」
「だったら、どうして……」
 熱は溶岩となり、どろどろと胸の中から喉へと這い上がってくる。
「どうして父は、塀の中にいるんですか?」
「あ?」
「少年野球の練習場所をめぐって揉めて、話し合いで解決したはずなのに。報復だかケジメだか知りませんけど、犯してもない罪で捕まって。残された私たちは世間から白い目で見られて、スーパーで買い物すら満足にできなくなった。どこへ移り住んでも、どこへ逃げても!」
「てめえ、なに言って……」
「よくも、よくも……! 返せ、奪ったものを返せ!」
「知るか。無力なてめえと親父を恨みな。俺たちには関係ねえ」
 舞もわかっている。大瓦に喚いても意味がない。脳では理解している。
 だが心からあふれる溶岩は止まらない。噴火した怒りは喉を通り、怨嗟の言葉となって大瓦に浴びせられる。
「返さないのなら、奪ってやる! なにをしてでも――」
「ゴチャゴチャうるせえ!」
 大瓦は怒声で、舞の八つ当たりをかき消す。そして座卓に刺さったままの“うなぎ裂き”を抜き、舞の喉元へ突きつけた。
 騒ぎを聞きつけ、2階の別室に待機していた組員たちが、大広間へ雪崩れこんでくる。各々の手には抜身の長ドスや、安全装置を外した拳銃があった。
 ようやく舞は自らの愚行に気づいた。心臓が痒いような締めつけられるような気持ち悪い圧を感じ、不規則に鼓動を繰り返す。首筋を流れる汗は異様に冷たい。息は乱れ、指先は痙攣し、膝が笑う。このままでは殺される。イチコが事態を察して助けに来てくれればいいが、きっと間に合わない。
「極道はナメられるのが嫌いでよ。気が変わった。てめえをウナルでズタズタにして、探偵社に送りつけてやるよ。それとも家族がいいか?」
 どう返答し、許しを請うて脱出するか。
 考えど考えど、答えは出ない。
 1秒。
 2秒。
 3秒、4秒、5秒。
 カチッ、カチッ、カチッ、カチッ。
 ゆっくりと真綿で首を締めるように、掛け時計の秒針が音を刻む。
 それでも思い浮かぶのは――
「余計なことばかりして」
「肝心なことはできないクセに」
「無能は無能らしくしてろよ」
「頼むから、なにもしないで」
「いつも逃げて、それじゃなにも得られないよ」
「空っぽなんだよ、お前」
 蔑み、落胆、怒り、拒絶の言葉だけが花火のように上がっては消える。
 もう何も考えられない。頭が真っ白になってきた。
 カチッ……カチッ……カチッ…………カチッ…………………
 時間が引き延ばされていくような感覚に襲われる。
 やがて視界までもが真っ白に覆われていき――

(また追いつめられたな❗️❗️)

 野太い男の声が、舞の頭に語りかけてきた。
 舞には聞き覚えがあった。ゲーム会社で上司にキレたとき、この声が「のど輪を食らわせろ」と囁いてきたのだ。
(あなたは、朝しょ……いえ、謎の精霊様!!)
(よう、舞の海😁❗️)
(水原 舞です)
(それより、なにやてる。ヤクザ迫る❗️💢 ありえない話し😡❗️❗️)
(私には、どうすることもできません)
(弱気になったら死❗️ 相手殺す気でくるならお前も殺す気でやれ😡❗️)
(やるといったって、なにを……)
(サッカーできないボクシングできないでもお前ひとつ持ってるやろ✋🤚)
(私が、持っているもの……やっぱり、あれしか!)
(がんばてください👍)
(あっ、ちょっと!)

 カチッ。
 秒針の音が聞こえると共に、視界が戻った。状況はなにも変わらない。尚も首元に“うなぎ裂き”を突き付けられ、周囲を包囲されている。
 だが、ひとつだけ変わったものがある。それは――

「私と勝負しろ、大瓦」
「なに?」
「私と相撲で勝負しろ!」
「このアマ……!」
 大瓦の両眉が、直角になろうというほどに吊り上がった。“うなぎ裂き”の切っ先が、舞の首元の皮膚に刺さり、つつっと血の筋が流れ落ちる。
 それでも舞は動じない。切っ先の冷たさが心地よくすら感じていた。
 大瓦がため息を漏らし、“うなぎ裂き”を下ろすと、両眉の角度は並行に戻った。

「ガキかと思ってたが、肝が据わってやがる。で、勝負をしてどうなる?」「私が勝ったら、この場から解放し、ウナルをカタギに使わないと約束しろ」
「俺が勝ったら?」
「殺るなり売るなり犯すなり、好きにすればいい」
「カタギに使わない、か。約束を守ると思うか?」
「守れないほど情けない男なら、誰もお前を高倉 健と呼ばなくなる」
「へへっ、へへへっ……いいだろう。この勝負、乗ってやらぁ」
 大瓦は組員たちに座卓を片付けるよう命じた。

 畳の土俵の上で、舞と大瓦がにらみ合い、ゆっくりと腰をおろす。
 舞が先に両手を畳につけ、大瓦が仕掛けるのを待つ。
「……」
「……」
 行司役の組員の、つばを飲みこむ音が聞こえてきた。
「……」
「……」
 大瓦が右手を畳につけ、そして大瓦の左手がつき――
「はっけよい、のこった!」
 刹那、舞が右前腕をくの字に曲げ、飛びかかる。“かち上げ”という相手の体勢を後方へぐらつかせる技だ。
 しかし舞の狙いは違った。“かち上げ”は前腕部を相手の胸にぶつけるが、舞は肘を大瓦の喉元へ叩きつけた。たまらず大瓦は窓際まで後ずさる。
「げはっ! こ、こいつ!」
 舞は元より、まともな勝負などする気はなかった。体格と筋力で大きく劣っていては勝てるわけがない。約束もどうでもよかった。
 考えているのは、この場を脱し、大瓦を異世界へぶちこむことだけだ。矛盾しているかに思えたが、目的を成せる可能性がひとつだけあった。
 舞が盗聴器の向こうにいるであろうイチコに叫ぶ。
「イチコさん、店の下まで来てください!」
 見守る組員たちの怒号が飛ぶ中、舞は低い姿勢から一気に跳ね上がり、大瓦の懐へ入りこむ。その右手は大瓦の首を狙っていた。
「なにっ!?」
 舞は下からすくい上げるようにして、大瓦の首を掴む。必殺“のど輪”である。大瓦は大きくのけぞり、その勢いで窓に激突。ガラスをまき散らし、舞と共に二階から外へ飛び出した。
「落ちろォッ、大瓦ァァァァッ!!」
「しまった!」
 舞は目の端に、ピンクのハイエースを確認して勝利を確信する。相撲で自分もろとも大瓦を突き落とし、イチコにハイエースで轢かせる……これこそ舞の狙いだった。
 大瓦は空中でもがきながら、両手を合わせる。
「う、ウナル!」
 だが標的は舞ではない。魔法ウナギは巻きグソモードとなり、真下で大瓦を待ち構える。
 ウナルを攻撃ではなく落下の衝撃を防ぐために使うことも、舞の計算通りだった。あとはイチコが大瓦を轢いてくれれば……

 舞と大瓦は、巻きグソウナギの上に落下し、反動で50cmほど跳ねてから浮き上がってからアスファルトに落ちた。そこへピンクのハイエースがエンジンをうならせながら、突っ込んでくる。
「勝った……うっ!」
 だが舞は着地時に腰を打ち、痛みでその場から離れることができない。
 一方の大瓦はすでに立ち上がり、魔法ウナギは今にも飛びかからんと口を大きく開けていた。ハイエースは間に合いそうにない。
「この狼藉、内館牧子とやくみつるが許しても、この俺が許さん!」
「ここまでか……だけど、私にだってやれることはあったんだ」
 舞が満足して目を閉じかけたとき、イチコが運転席から顔を出した。
「諦めるな、水原さん! 食らえ、大仁田ファイヤー!」
 ハイエースのヘッドライト中央の発射口から、今度は火炎が噴射される。炎は瞬く間に、大瓦と魔法ウナギを包みこんだ。ウナギはのたうち回り、大瓦は悲鳴を上げながらデタラメに走り回る。
「これで……オ・ダ・ブ・ツだ!」
 全速力のハイエースが、大瓦を10メートル以上吹っ飛ばす。
「ぐぼべっ!」
 大瓦は空中できりもみ回転しながら、粒子となって消滅した。

「水原さん、急いで乗って!」
 舞は痛みをこらえ、停止したハイエースの助手席へ乗りこむ。
 と、同時に店から組員たちが武器を持って出てきた。
 組員たちの怒号を背に、ハイエースが走り出す。
「怪我は?」
「多分、大丈夫です」
「大手柄だったね。怖い思いをさせてすまなかった」
「いいんです。むしろ、この役目を引き受けたおかげで、気づけたことがありました」
「それって……?」
「上手く言えないんですけど……この仕事、がんばりたいです」
「そっか、よかった」
「あ~、安心したらお腹すいてきちゃいました」
「焼いた魔法ウナギ、もらってくればよれかったね」

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  うなぎ 大瓦屋 @kentakakura893 18時間
  本日の限定は、ビッグうな重!
  幻のオオウナギを使用した超肉厚のうな重です!
  ご注文の際に「ウナル!」と合言葉を言ってくだされば500円引き!
  なくなり次第終了しますので、お早めに!
  ※店長の大瓦はしばらくお休みします
  (うなぎ 大瓦屋のTwitterアカウントより)
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つづく