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小説ですわよ第2部ですわよ3-8

※↑の続きです。

 割れた機械蜘蛛の頭部をまじまじと見下ろしてから、イチコが舞と珊瑚へ振り向く。
「ぱっくりピスタチオ」
「イチコさん!」
「イチコさん!」
 舞と珊瑚のお叱りが入り、イチコはしょんぼりと頭を掻いた。今は、ずんの飯尾をやっている場合ではない。

 マサヨは頭だけになった愛助を、きつく抱きしめた。顔面のディスプレイは電源が切れかかっているのか、不規則に点滅している。
「愛助! 愛助!」
「マサ……ヨ?」
「あたしがわかるの!?」
「もちろんナリ。わ、ワガハイ“も”……改造……され……て……」
 子供のような無邪気だった声が、野太い低音に変わっていく。
(ワガハイ“も”?)
 舞は引っかかったが、話の腰を折らぬよう疑問を飲みこむ。
「なんか眠い……ナリね。お昼寝する……ナリ……」
「愛助、死んじゃダメ!」
「大丈夫。充電すれば、また……ちょんまげの根元に、ゆ、USBコネクタが……」
 愛助の顔面ディスプレイが完全に光を失う。死んだわけではないらしい。その場の全員から、安堵の鼻息が漏れる。
「ひと安心だね、マーシー。愛助を連れて、事務所へ帰ろう」
「うん……起きたら、コロッケそばを食べさせてあげなきゃ」
 イチコに肩を叩かれ、マサヨは愛助の頭を抱えたまま立ち上がる。

 そこへkenshiが走ってきて、先ほどまで機械蜘蛛が存在していたであろう場所を何度も踏んづける。
「驚かせやがって、この、このっ、こいつ! おかげで、ちびっちゃったぞ!」
 その手には依然として『田代まさし&ぬーぼー』のカードが握られている。すかさず珊瑚が、それを掠め取った。
「目標、ゲットです!」
「七宝さん、お手柄!」
 舞と珊瑚がハイタッチを交わしたところに、kenshiが詰め寄ってくる。
「おおい! それは僕のだぞ! 泥棒! ご近所のみなさ~ん、泥棒がここにいます! 何兆円もするカードを奪い取ろうとする、卑しく根性のひん曲がった女泥棒集団がここに!」
 舞は素早くkenshiの背後に回って口を手で覆い、もう片方の手でハーフネルソンの形で拘束する。
「人聞きの悪いことを言うな! 大体、そのカードは拾ったものでしょ!」
「もごご、もご!」
 kenshiが尚も抵抗を続けるので、舞がチョークスリーパーで締め落とそうと手を入れ替えたところで、あのビーバー店長が短い脚をフル回転させて走ってくる。そして――
「おお~い、お前ら! 喧嘩すんなって、ひとまずオイラの店で茶でも飲みながら話そうや」
 舞、イチコ、珊瑚、マサヨが口を揃えて叫ぶ。
「ビーバーが喋った!?」
「新鮮な反応だなオイ。お前らアレだろ、大長編ドラえもんでゲストキャラがドラえもんを見て『たぬきが喋った!?』ってボケるタイプだな。んで、ドラえもんが『タヌキじゃないやい、猫型ロボットだ!』って怒るんだよな」
 ビーバー店長が大きな前歯を剥き出しにして、こちらをキョロキョロ見渡す。舞たちはビーバーが流暢に喋ることに動揺して上手く返答できなかった。
「悪ィ悪いィ、隙あらば自分の趣味をベラベラ語っちまうんだよなあ。オイラこう見えて結構オタクだからよ」
「オタクとかそういう問題じゃなくて、ドラえもんファンで自分を客観視できるタイプのビーバーがいることに驚いているんですよ」
 舞がようやく冷静さを取り戻して返す。ビーバー店長は前歯を剥き出しにして、両肩を震わせてケタケタ笑った。
「そういやそうか! まあそのへんも話すからよ、店に寄ってや。なっ?」
「でもさっきの戦いで……」
 カードショップは機械蜘蛛の銃撃によって、跡形もなく吹き飛んでいる。しかしビーバー店長は店へ走り出しながら、明るく言う。
「あんなもんカモフラージュだから。店の本体は地下なんだ」
 と、ビーバー店長が目を見開いて立ち止まる。
「誰か近くのスーパーで小松菜とリンゴ買ってきてくれねえかな。駅前にあるからよ。昨日、嫁が食っちまって冷蔵庫になんも残ってりゃしねえ。そこのピンクジャージと黒スウェット、頼むよ」
 一方的に指名され、舞とイチコはうなずくしかなかった。
「結婚してたんだね」イチコがあっけらかんと問う。
「つい先月、クルド人の女とな。合法的に移住してきたのか、違法滞在してんのかわかんねえけどよ。本人は政治難民とか言ってるけど、本当なんだか。でも抱き心地がいいから、まあよしって感じだな!」
「急に生々しい話題やめてくださいよ……」
 舞の返しにビーバー店長はケタケタ笑うだけだった。会話を打ち切って舞とイチコはピンキーセプターに乗りこみ、駅前のスーパーを目指す。

 ふたりはスーパーを見つけ、早々に野菜売り場で小松菜とリンゴを確保する。だが、それだけで帰るのは勿体ないので、各々必要なものを買うことにした。
 舞は調味料のコーナーでオイスターソースをカートのカゴに入れる。母が切らしたと言ってたのを思い出したのだ。早速LINEを送り、その旨を送った。すぐに「ありがとう!」と犬のスタンプが返信される。
 続いてイチコの要望でお惣菜コーナーへカートを転がす。イチコはハムカツを手に取った。
「これ、食べたことないんだよなあ! おいしいかなあ!?」
 その目は、カブトムシを初めて掴んだ小学生男子のようにキラキラ光っている。

 イチコはこの世界の住人ではない。本人の記憶はないが、どこかの異世界からやってきたのは確かだ。森原イチコという名も本名ではない。いつも使っている大人の玩具風の武器に書かれた名前から勝手に拝借したものだ。さらにはピンキーセプターに轢かれても、元の世界へ返送できないという厄介な事情がある。
 今までイチコは、この世界に留まることに負い目を感じ、生きていく上で必要最低限+ほんとちょっとのαしか食べ物を口にしなかった。例えば高カロリーの菓子パンや、カレーがそうだ。健康的ではないが、食べれば死にはしないものを好んでいた。
 文化や娯楽も同じだ。軍団がやっている(というかライフワークの)野球も、楽しそうと思いながら加わろうとしなかった。暇つぶしにスマホゲームをやっていることもあるが、決して課金はしないし、ある程度遊んだらアンインストールしてしまうらしい。
 だが最近は変わり始めている。未知の食物を積極的に食べようとし、TTSのようなカードゲームに興じているのだ。それが舞は嬉しかった。イチコと同じものを見て、聞いて、触れ、共に喜びを分かち合える。だから昼食前だというのにハムカツを手にしても、舞は咎めなかった。

 イチコが周囲を見回してから、舞に耳打ちする。
「お昼に食べるんだ。Jリーグカレーの上に、こっそり乗っけるの。私だけ豪華。グフフ、羨ましいでしょ?」
「それ、私に言ったら台無しですよ」
 舞が当たり前のツッコミを返すと、イチコは目を見開いて固まる。さっきのビーバーと似ていた。
「はっ!? このことは忘れて!」
 イチコが両手を合わせて頭を下げる。舞はその頭を軽く叩き、追加でハムカツをカートに入れる。
「イチコさんのおごりならいいですよ」
「うん、わかった! ありがとう!」
 合意を得て、レジまでふたりでカートを転がした。イチコが自分でカートを運ぶとばかりに、ひとりで力を入れるので、舞も対抗して力を入れた。カートが高速で店内を駆け抜け、すっげぇ怖い店員のオバチャンに叱られた。ふたりで何度も頭を下げて謝った。

 買った物をピンキーセプターのトランクに乗せ、ビーバー店長のカードショップへ戻る。店まであと少しというところの交差点で赤信号に引っかかった。そこでイチコが呟く。
「楽しかった。久々にふたりで話せて」
「私もです」
「水原さん……なんか色々ゴメン」
「えっ?」
 舞は運転席のイチコを覗く。が、その顔は前を向いたままだ。
「マーシーが帰ってきて嬉しかったけど、水原さんの気持ちを考えてなかったよね。だから、ゴメン」
「誰が悪いとかじゃないですよ。私、イチコさんとも七宝さんとも、マサヨさんとも楽しくやっていきたいです。もちろん事務所のみんな、全員です」
「そか……よかった。安心したよ。なんか最近ピリピリしてて。私が浮かれてたせいかなって」
「それはありますよ」
「えっ、そ、そうなの!?」
「でも、誰だって浮かれるときってあるじゃないですか。それをカバーするのがコンビでしょ。私が志村けんだとしたら?」
 舞はイチコに拳を繰り出す。イチコは即座に拳を重ねてきた。
「私は加藤茶。ふたりで、ごきげんテレビだ」
 イチコがニカッと八重歯を見せて微笑む。と、カーナビが話しかけてくる。
「ドリフの階段落ちを再生しますか?」
「今日はやめておくよ。もうカードショップに着くし」
「そうですか……」
 カーナビの落ちこむ声がおかしくて、舞とイチコは顔を見合わせて笑った。
 カードショップの向かいにピンキーセプターを停めて降車しる。イチコは自然と車道側を歩くので、舞が黒スウェットの裾を引っ張り、ふたりで並んで車道を渡ろうとする。そこへ黒いワゴンがバカみたいなスピードでヒップホップを爆音で鳴らしながら突っこんできた。通り過ぎたあと、舞とイチコは揃って中指を立てた。

 かくして、ビーバー店長が待っているであろう地下を目指す。店の1階は跡形もなく吹き飛び、瓦礫と焦げたカードたちが痛々しかった。敷地内の片隅の地下へ続く階段から、ビーバー店長の笑い声が聞こえてきたので降りていく。
 地下は一面コンクリート張りで、明かりは2本の電灯のみ。左奥の隅ではkenshiが体育座りでうずくまり、右奥の隅では愛助が充電されている。その中央の四角いテーブルを囲んで珊瑚、マサヨ、ビーバー店長が話していた。
「よう、戻ったか。『田代まさし&ぬーぼー』は正式にお前らのものになったからよ」
 左奥の隅でkenshiが嗚咽しているが、詳細は聞かないでおく。
「ここからは全員、心して聞いてくれ」
 ビーバー店長が真剣な顔で(舞にはビーバーの真剣な顔はわからないが、目を吊り上げているので、そう判断した)、前歯を剥き出しにする。
「オイラはアヌス02にも、いたことがあるんだけどよ……奴らの戦力は機械蜘蛛1体どころじゃねえぜ」
 それは舞もわかっていた。マサヨとの記憶共有で、複数の蜘蛛がマサヨを追う姿を見ていたからだ。続けてビーバー店長が言おうしていることも、わかりたくないが察知できた。
「連中の本命は巨大人型ロボット兵器だ」

つづく。