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小説ですわよ第2部ですわよ1-1

※↑の続きです。
※ヘッダー画像は読者様に描いていただきました。いいでしょ!

 水原 舞は行きつけの蕎麦屋で相棒と昼食を済ませ、午後の仕事に臨むべく駐車場へ向かおうとしていた。相棒――森川 イチコの黒い長髪から、石鹸と蕎麦つゆの香りがほのかに漂ってきて、なぜだか安心感を覚えた。

 色々あったが、舞にとってイチコは間違いなく相棒だ。知人でも恋人でも友達でもない、心から魂を預けられる相棒。だから午後から何があろうと、ふたりで乗り越えられると思っていた。1月の寒さも、心の温もりが帳消しにしてくれると信じていた。

しかし、みぞれ雪を踏みにじる足が、舞の行く先に立ちふさがる。
「待て! 俺の名はkenshi。この世界を地獄に変える者!」
 灰色のボロ布の外套に、般若の面。肉声はボイスチェンジャーに変換され、国籍も年齢も性別もわからない。ただkenshiの名には覚えがあった。数日後のちんまた市長選挙に立候補した人物。そしてGoogleクチコミのあちこちでクレームをつけているクソ野郎。
 そのkenshiが、なぜか舞たちの前に現れ仮面を取った。
「お前はッ!?」
 舞とイチコは、kenshiが自ら暴いた素顔に対して同時に驚きの声をあげる。が、舞はイチコに合わせただけで、この人物に心当たりがなかった。一方のイチコは、全身を細かく震わせている。動揺もあろうが、一番は嬉しさであると舞にはわかった。舞には見せたことのない笑顔だったからだ。

「イチコさん、この方は?」
 聞くよりさきに、イチコがkenshiに駆け寄る。
「マーシー、マーシーじゃないか!」
「久しぶりね、イチコ。会いたかった」
「うん、私も! 急にバックレたから心配してたんだよ!」
「バックレたんじゃないの、異世界に召喚されてたのよ」
 kenshiはイチコと抱擁を交わした。舞は直感的に、イチコがまた遠くに行ってしまうと思った。なぜかはわからない。だが確かにそう思えた。
 それを裏付けるように、kenshiはイチコを抱きしめたまま、舞を見やる。

「初めまして。私は田代マサヨ。この世界は狙われている」

 kenshi――肩まで伸び、ウェーブのかかった黒髪の女は、猫のような目で舞にそう語った。

 第2部『時給之世界≪アルバイター・ワールド≫』つづく